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「メタボラ」あれこれ
2006 / 12 / 26 ( Tue ) 21:01:56
先日、1年以上続いた新聞小説「メタボラ」が、378回の連載を終えました。
新聞小説を読み続けることができたのは初めてのことでした。
このブログに覚書を書くことなく、1人で読み続けていたとしたら、きっともっと前に挫折していたでしょう。
覚書にコメントをくださった皆さんと、思ってもいなかったほどたくさんお話ができたおかげです。
だれもその先を知らないという同じ条件で、同じところを読んだ感想をお話しするという機会そのものも、なかなかないことだったんですよね。
そんな中で、深く浅く楽しく重く、いろんなお話ができたこと、またいろんなお話を聞けたこと、何だかとても貴重な体験をさせていただいた思いです。
姫ちゃん。たなか・さとひろさん。nagayumeさん。ゆきうさぎのくーさん。ゆーさん。junさん。ぷるめりあさん。あげはさん。ぽおさん。sumisumiさん。みんみんさん。まりもさん。り→らんさん。パステルさん。ゆるり徒思太郎さん。ほかにも、遊びに来てくださったたくさんの方々。本当にどうもありがとうございました。

           

「メタボラ」が始まるとき、新聞小説は何で読まなくなるのかという話で盛り上がったことがありました。
少しずつ細切れで読むより一気に読みたい。
読むのを忘れてしまう。
中だるみ、ではないけれども、やはり山場でないときは、つまらない回というものも出てきてしまい、読む気が失せてしまう。
まぁ、いろいろありますね。
やっぱり1人で読み続けていくのには、テーマに対して相当な興味がある、とか、作者さんの大ファンである、とか、毎日読むの習慣づけできている、とか、あるいは次回が楽しみで仕方ない内容であるとか、何かプラスαが必要なんだろうなぁと思います。
昔、新聞小説が即ベストセラー小説になっていた頃は、多くの人が新聞小説を読んでいて、共通の話題となり得ていた側面も大きいんだろうなぁなんて思います。
今、新聞小説を書くのは、ある意味孤独な作業なのかもしれませんね。
世間からの反応が返ってこない、けど毎日書かなきゃ、みたいな。
新聞小説って、どういう書き方をしてるんでしょうね。
新井素子さんのように、一気に長編を書き上げてしまい、それを等分して発表する、という方もいらっしゃるかな。
だけど、書きながら発表していくスタイルのほうが多いのかな。
これって、自分の頭の中でしっかりとした構成が出来上がっていないと、きっと筆が進みすぎたり、作者の思いがけない方向につい行ってしまったり、状況に齟齬が生じたり、いろいろ大変なんだろうな。
新聞小説を書くのには、それだけの力量が必要なんだろうなぁと思います。

さて『メタボラ』
これは、全体的なバランスを調えて、本として出版できる最終稿に仕上げていく過程が、まだ残されていると感じます。
まぁだから、桐野さんは書きながら発表していかれたのかなぁという気がします。
ということは。。。やけに長く冗長に感じられた部分には、実は桐野さんの執着があるのかも。例えば、ここは取材が大変だったのよという思いとか。(素人とは違って、そういうことはないのかな?^^;)
書いてるうちに、どんどんどんどん膨らんできて、つい長くなってしまいましたとか。
そういうことを考えながら、本の形で出版されるであろう『メタボラ』と比較してみると、なんかちょっとおもしろそう。

この作品、連載前に新聞で、記憶をなくした「僕」のサバイバルの物語だと紹介されていました。
また作者の言葉として、「近年、若年層に大きな変化が起きているような気がする」「暢気に貧乏を楽しむ若い人たちは確実に増えている」「もしかすると今、新しい人類が誕生しているのかもしれない。」と書かれていました。

今この言葉を読むと、桐野さんの構想の中では、やっぱり雄太と昭光、2人が両軸となっていたのだなぁと感じます。
サバイバルの物語の主人公である雄太と、「暢気に貧乏を楽しむ若い人たち」を代表するかのような昭光。
…う~ん、うまく結び付けたなぁという気もするけれど、終わってみると、主人公は雄太1人に移行していったような感が否めません。
昭光の章が最後にもう1回ぐらい出てきたら、少しは印象が違ったかもしれないですね。

もしかしたら。「暢気に貧乏を楽しむ若い人たち」って、沖縄に集まる人たちのことを言ってるのかもしれないですね。
安楽ハウスの住人や、イズムのもとに集まった若者たち。
この人たちがこの先、どういう価値観を持ってどういう方向に向かっていくのか。
結局両者のリーダー的存在である釜田もイズムも、新しい価値観を持つまでには至らず、沖縄独特な政治感覚であったり、ビジネス優先の価値観であったり、要するに既存に甘んじる。
特に釜田は、この後、大コケそうな予感すらある。

昭光であれ、釜田やイズムであれ、作者は、「暢気に貧乏を楽しむ若い人たち」に、「新しい人類の誕生」という言葉の響きが持つ明るい将来を見てはいないのでしょうね。
何やら破滅の匂いがつきまとっていたように思います。

何回か話題になったことですが、『メタボラ』ってどういう意味なんでしょうね。
今朝の投書欄に、『メタボラ』を楽しみましたという方の投書が載っていました。
そこには、新陳代謝=メタボリズムが題名の由来のように書かれていました。
新陳代謝…('◇')ゞ
にゃるほどね~なんですけれども、ホントかなという疑いの目も(笑)


最後にもう1度、「メタボラ覚書」に遊びに来てくださった皆さま、私、何度お礼を言っても足りません。
どうもありがとうございました。
また、機会があったらお話ししましょ♪
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「メタボラ」377、378(最終回)覚書
2006 / 12 / 22 ( Fri ) 11:35:10
なんと、前にまとめてから、2回で最終回を迎えてしまいました('◇')ゞ
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「メタボラ」365~376覚書
2006 / 12 / 19 ( Tue ) 15:07:45
釜田さんとイズムとの話し合いがメインです。
そして、いきなりとんでもないことに!!
というところまで。
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「メタボラ」346~364覚書
2006 / 12 / 06 ( Wed ) 16:15:06
雄太ことギンジ、記憶を取り戻して、安楽ハウスでのお話に戻ります。
安楽ハウスでの出来事は随分前の連載だったから(香月雄太の回想が長かった。。。)大分忘れてしまっています。
同じく忘れた人はここここ
だけど、ギンジが小沢に何したか、書いてないから分からないぞっと(^^;)
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「メタボラ」334~345覚書
2006 / 11 / 18 ( Sat ) 09:04:41
クリーンルームでの中島の注意が続きます。
その中で、雄太はケンが気になっています。
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「メタボラ」317~333回覚書
2006 / 11 / 05 ( Sun ) 00:14:25
劣悪な労働環境に気が滅入っていた雄太君。
彼の周りに、少し変化が起きます。
たなか・さとひろさんに、「近々まとめますね~」なんて言ってたのに、気がつけば、結構日にちがたっていました。
最近、1日があっという間に終わります。
何でかって???朝、寒くてぐずぐずしているからでした(^^;)
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「メタボラ」299~316覚書
2006 / 10 / 18 ( Wed ) 12:22:22
まぁ、予想どおりというか何というか。。。
ここでは香月雄太くん、ひたすら劣悪な労働環境に絶望しています。

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「メタボラ」288~298覚書
2006 / 09 / 28 ( Thu ) 23:14:59
294回目から、第9章「イエローランプ」が始まっています。
主人公は、引き続き香月雄太です。
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「メタボラ」269~287覚書
2006 / 09 / 18 ( Mon ) 10:56:22
大分間が空いてしまいました。

香月雄太、家族の崩壊を語るの巻、まだまだ続きます。

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「メタボラ」259~268覚書
2006 / 08 / 29 ( Tue ) 14:50:59
おっ、やっとドラマチックになってきたぞ♪と思っていたら、
昭光の章が終わってしまいました(苦笑)
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