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「ニュートン 2008.12号~虚数 なるほどよくわかる」
2011 / 07 / 17 ( Sun ) 21:43:13
ホントはニュートン別冊「虚数がよくわかるー゛ありもしないのに,難問解決に不可欠な数゛」を読みたかったんだけど,
図書館になかったので,こちらを借りました。
最近,ちょっと「数学の不思議」に凝ってます(*^_^*)

★★★★☆



ほかにもいろんな特集記事が載ってたけど,私,虚数のところしか読んでません(^^;)
ニュートン別冊 微分と積分」でも思ったけど。
オイラーさんってすごい人だったのね~。
なんかふざけた名前だとしか思ってなかったのに。(ふざけた名前って思うのは,日本人ぐらいだろうけど^^;)
博士の愛した数式』にも出てきたオイラーさん。
今あの作品を読んだら,もうちょっと博士の気持ちに共感できたりするかなぁ。。。

虚数の単位i(2乗したら-1になる数)。
これが数学で出てきた高校生のとき,私「ずるいっ!」と思ったんです。
解の出ない方程式に無理やり解を与えるもの…みたいな認識だったので,
何でもかんでもそうやってつくっちゃえば簡単だよね~なんて思ったんです。

けど。

いろいろコツンと来ました。

例えば整数の次に小数を習い,数が点々で存在してるわけじゃないと分かったときのように。
例えば負の数ってもんが出てきて,数直線には終わりがないと分かったときのように。
虚数って,実数の世界から新たに広がる世界だったりしたわけなのね。3次元の世界から4次元の世界に誘ってたりするわけだ。

複素数平面において,「iを掛ける」ということは,「左方向に90度回転させる」という意味を持つんだね。
ふみゅみゅ。

虚数iはニュートン力学には必要なくて,現代物理学には必要不可欠な要素なんだ。
つまり,目に見える世界を説明するのにiなんて概念要らなくて,目では見えない小さな世界(原子とか)や大きな世界(宇宙とか)を説明するのに必要になってくるんだね。
人間にとってみれば,「いないけれどある」「あると仮定すれば説明がつく」の世界。妖怪と同じだね(*^_^*)
…なんてバカなことを考えました。

人間の認識世界を越えてるi。
これを考えたヒトって天才的だと思いますし,
これを利用した原子力発電は,やっぱり人間にとっては「予測不能」な領域なんだろうなぁと思ったのでした。
「安全」だなんててきとーにごまかしてないで,「わかりません」というところから始めなくちゃいかんのだろうなあ…なんて。
まぁ,余計なことですが。

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教育・心理学関係 TB:0 CM:4 admin page top↑
「ニュートン別冊 微分と積分」
2011 / 06 / 22 ( Wed ) 22:00:22
30年近く前,大々的な広告で創刊されたニュートン。
当初話題になった美しい色遣いの挿絵(というのか?)は
いまだ健在。

★★★★☆

三角関数・指数関数の微積分って,
「だから何?」だったので,
一番最後の「水谷編集長の微積分講座」が興味深かったです。



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「マンガ ユング深層心理学入門」 石田おさむ
2010 / 12 / 21 ( Tue ) 14:12:51
押し入れの中から見つけた本。
ちょっと懐かしく読みました。

★★★☆☆

相手のこころが知りたい。自分のこころがわからない。「こころ」の森に踏み込み、格闘しつづけたユングの「分析心理学」は、難解なことで知られている。五カ国語に通じ、医学から神話、錬金術、東洋哲学などの広く深い知識と特異な個性で無意識の世界を追究したユングの、生涯と思想をマンガでコンパクトに知る一冊。 (Amazonより)



以前に読んだときには気にならなかった
ユングの奥さんの存在が,妙に気になりました。
よくできた奥さんだこと。
伝記っていうのは,何でも綺麗事にしてしまいがちだわね~(笑)

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「直観でわかる数学」 畑村洋太郎
2009 / 09 / 09 ( Wed ) 18:16:47
タイトル書いて初めて気付いたんですけど,
この本,「直感(何かを瞬間的に心で感じ取ること)」ではなく,「直観(物事の本質や真相を経験や推理の力を借りずにいきなりとらえること)」だったのね。
ATOKに助けられました(*^_^*)

★★★☆☆

サイン・コサインや微分・積分が教科書に現れた時、数学と縁を切ったという人は多いだろう。『失敗学のすすめ』の著者として知られる畑村洋太郎・東京大学名誉教授は、「日常世界の住人には高校数学なんて知ッタコッチャナイ」と言い、身につかない理由は、数学の抽象世界を日常生活に置き換えられないところにあると語る。

モノにするコツは、サイン・コサインならば「見えない直角三角形を周りの物事にあてはめてみる」、微分方程式なら「そのほとんどは解けない。教科書は解ける方程式しか取り上げない事実を知る」など、直観的に腑に落ちるポイントを探し出すことだと言う。「直観」とは本質を見抜く力だ。本書が直感的に数学が分かるようになる虎の巻ではないことを断っておく。(Amazonより)



Amazonの本紹介にも「直観」の説明,ちゃんと書いてあるし

「行列って何だっけ」と,すっかり忘れている人や,
逆に「微分ってこういうもんだよね」と,自分なりにイメージがついている人には向かない本だと思います。

「やれって言われれば演習問題解けるけどさぁ。。。んで,これが何なわけ?」
と思っている人にオススメ…かな。




続きを読む

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「ARASHI-その時 手記・親と子の「非行」体験」 「非行」と向き合う親たちの会編
2009 / 02 / 18 ( Wed ) 08:45:25
ボランティアのサロン室に置いてあった本。

警察の取り調べから家裁に行くまで何日かかるものなのかとか,
中学校の対応は一般的にはどういうものなのかとか,
やらかした子(^^;)がもう1度学校社会に戻る術だとか,
そんなことが書いてあるのかなぁと思って手に取ったのですが。

出版が1999年と古かったということもありますが,
手記であるせいか,情緒に流れる文章が多く,
私の求めるものではありませんでした。

編集元の会の方針なのか,「私たちはがんばって信じて見守っていました」というスタンスの親御さんからの手記が多かったように思います。

そうですか~。。。

この手記が出てから,10年。
皆さん,「あんなときもあったね~」と懐かしく思い出せる「家族の物語」になっているといいなぁと
思いました。

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切ない
2006 / 07 / 02 ( Sun ) 18:18:33
中2の女の子に数学を教えています。
5月からは英語も教えてということで、英語も(ど素人ながら)教えることになりました。
もうすぐ期末テストです。
いつもの曜日に加えて、昨日も今日も来てもらいました。

「先生、しんどいよ」
「うん、しんどいよね。」

何で高校行かないと、何にもなれないんだろうね。
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「障がい者」という表記~あれこれ
2006 / 02 / 20 ( Mon ) 08:44:50
たまねぎちゃんへのコメントがと~っても長くなってしまって、コメント欄には入りきれなくなったので(^^;)、記事として載せてみます。
私は有識者でもなければ専門家でもないから、
考えが浅いところや分かってないところ、たくさんあると思います。
けど、ま、私の今現在の気持ちです。
ぐちゃぐちゃだけどね(^^;)

たまねぎちゃんの投げかけ。
>「障がい者」と書くの、どう思いますか。

いきなりヘビーだわ(*^_^*)
しかも、「障がい者」という表記、私は見たことなかったし…。
「がい」って何だろうね。
苗坊さんのおっしゃるように、「自分にとっても人にとっても、害はないし、差別用語だと考えられている」から、ひらがなにしてみた、ということなんだろうか。
それとも、「碍」という字が常用漢字にないから、ひらがなに開いてみたんだろうか。

「障害者」を「障がい者」と書くことも「障碍者」と書くことも、結局意識の高い人の意識的な区別であって、「ショウガイシャ」という音には変わりないよね。
そういう言葉の書き換えに、どれだけの効力があるのかな~と感じています。

多分、意識の高い人たちは、そうやって字を変えることによって、人の注意を喚起し、自分たちの主張を聞いてもらいたいという気持ちがあるのかな~と思います。

だけど、ただ字面を変えるだけなんて、呼び方を変えるよりも随分弱々しい主張だわ。。。
もっとほかに伝え方ってないのかな~と、何だか歯がゆい思いが先に立ちます。
「差別用語」は言葉自身に責任はないのではないかな~。
それを使う人の感情を乗せて、初めて差別用語となりうるという気がします。
これは差別用語だから封印、これを言ったら傷つく人がいるから封印、というような、小手先の書き換えなんかでとりあえずお茶を濁すやり方は、本当に伝えたいことを伝えるだけの力があるのだろうか。。。

今まで、多くの言い換え、書き換えがなされてきたけれど、
そしてその歴史を私たちは見てきたけれど、
それだけでは人のとらえ方を変えることはできなかったのではないかな~と感じるのです。

問題は、その言葉に乗せる波動というか、メッセージというか、そういうもっと奥のところなんだろうな~と思います。

「障害」を「障がい」と表記する人たちは、社会にとっての邪魔者という意味で使われてきた「障害」という概念自体を変えたいと思っていると思うんだよね。
私も、それはとても必要なことだと思うし、大切なことだと思います。

社会にとっての障害ではなく、自身が社会に参加するときに障害になるもの、というとらえ方が、早く一般社会にも浸透するといいなーと思います。そうなれば、親や当事者が「障害」という言葉に傷つくことなく、必要な援助を思う存分受けられる気分になれるかな~と。

「障害」という言葉にどういう概念を乗せるかということだと思います。
そして、今までの概念を破っていきたいのなら、マスコミの風潮や、教育の力や、いろんなものの力が必要になるのだと思います。
専門家が専門書で幾ら説いても、一般社会には浸透しないよね。

今現在の教育現場なんかを見ると、「社会にとっての障害」の次に来ているものは、「障害」=かわいそうなのではないかと感じています。

小学校なんかで最近よくやられている「ハンディーキャップ学習」は、真の障害者の理解につながるのかな~と思っています。
「ハンディーキャップ学習」って、例えば目の見える子が目隠しをして、どんなに不便かを感じる、歩ける子が車いすに乗ってみて、どれだけ不自由を感じているか知る、というものだよね。
それによって得られる感情は、「大変なんだな」「かわいそうだな」でしかないんじゃないかな。
でも、本当に目の見えない人の世界は、例えば聴覚が一般の人より鋭かったり、触覚が発達していたりして、ただ単に目隠しをしたからって得られる世界ではないと思うんだよね。
車いすの人もそう。そこに広がっている世界は、やっぱり一般の人の世界とは違う世界があるんじゃないかと思うんだわ。
でも、「ハンディーキャップ学習」ではそこまで知ることはできない。
人が人を認めるって、根っこには「尊敬」の感情が流れているんじゃないかと思うんだけど、「かわいそう」という感情には、自分より下というような、そういう感覚が流れているように思う。
あるいは、、、
人が人を認めるって、自分の陣地から1歩相手の陣地に近づくことから始まるのではないかと。。。でも、「かわいそう」という感情は、自分の陣地から相手を見ているという、何だかそんなイメージが私にはあります。
そんなところから発せられる援助って、何だか偽善めいてるな~なんて思うのは、私がひねくれているからかな~。。。


「障害者」を「障がい者」と書くことはお互いを認めあえる世界を目指すための第一歩なんだという意思は、十分感じられるんだけどね。

もっともっと直接的な「意識への働きかけ」が必要なんだと思います。
でも、そういった働きかけに最も役立つであろうマスコミが、これから始まるパラリンピックの取り上げ方や、そのほかのいろんな場面の論調なんかを見る限り、「かわいそう」が基調にあって、「乗り越えることの美しさ」を伝えたがっているかな~なんて思います。

そういうことを続けていく限り、どんな漢字をあてようと、やっぱり「ショウガイ」という言葉で傷つく人は少なくはならないだろうし、差別感を与えることには変わりないんじゃないかな~と思います。

「障害は不便であって不幸ではない」と断言できる乙武さんみたいな方には、自分がどんなに普通にできるか、ということを語るのではなく(それも大事なことなのかもしれないけれど…)、自分の世界がどんなに豊かなのか、をもっともっと語ってもらいたいな~なんて思います。
人はみんな自分の住んでいる認知世界が「普通」の世界なのだから、
ついつい自分の感じている世界とほかの人の世界が同じようなものだと思ってしまいます。
だから、欠けている部分は分かりやすいけど、自分に備わっているすぐれた部分は、自分のこととはいえ、なかなか見えにくいもの、把握しにくいものだと思います。
だから、語れって言ったって、そんなに簡単なことじゃないとは思うんだけれど。。。。
『よさを認める』とか『みんな違ってみんないい』という精神とかって、それぞれの認知の世界を知ることから始まるんだというふうに自分のことも他人のことも捉えられたら、
今とは違う世界が開けるんじゃないかな~、なんて思っているのです。

…言葉があまりに拙くて、自分でも自分の思っていることがちゃんと伝えられていない気がします。(というか、自分の思っていることがちゃんと言葉になってない気が…^^;)
でも、とりあえず送信!(*^_^*)
教育・心理学関係 TB:0 CM:8 admin page top↑
「ディスレクシアなんか恐くない!」ロナルド・D・デイビス
2006 / 02 / 18 ( Sat ) 22:06:26
おぉ~!!と思うぐらい、何だかとっても前向きな本でした。
自身がディスレクシア(読み書きのLD)である方が、ディスレクシアの子どもたちのための学習法を教授しています。
ディスレクシアの多くは視点が定まらないことに根本原因があるという考え方で、視点を定める(こともできる)コツを教えています。
なるほどな~と思います。
何だかんだといって、その認知の方法が人とは違っているなら、こうやって認知すればいいんだよというところから始めたほうが、それがゆえに不利をこうむっている人には有効なのかもしれません。
ただ、この方の場合、「文字がぐるぐる回って見える。浮かんで見える。逆から見える」といった視覚認知が一般とは違っている方なので、そうではない認知の問題を持っている人には、ここに書かれている方法が有効だとは思えません。
「この子の場合には…」と、認知レベルで理解する必要があるかな~と思いました。

この本で印象的なのは、ディスレクシアを「障害」とは捉えず、「能力」と捉えていたところです。
プラス方向の「自分は特別なんだ」という感覚をもって、著者は生きています。小さい頃は「ディスレクシア」を理解されず、結構苦しい思いをしてきたのにもかかわらず。
こんな自己像を作ることができたなら、本当に人生楽に生きられるだろうな~。
ほかの人と違うことが自己否定につながってしまう私たち日本人(とまで大きくくくっていいものか、よく分からないけど…)と、思考回路が違うような気がします。
今、劣等感で凝り固まっている子が、こういう自己評価の視点を持ってくれるといいな~と切実に願います。
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「学習障害児の相談室」上野一彦編
2006 / 02 / 14 ( Tue ) 17:10:10
1987年出版。
上野一彦…東京学芸大学教授。「発達心理学」「臨床心理学」専門。なずなの会というところのHPに講演内容が掲載されています。結構分かりやすいかも。講演内容はちら

この方、実際に「学習障害」を抱えた子どもや親の面談を多く手がけてきただけあって、親の気持ちを汲むような語りかけをしています。
実際どうすればいいのか、という具体性には欠けるけど、
指針としては役立つのではないでしょうか。
出版されたのが20年前ですから、例えばここに紹介されている水道式の算数教科書は絶版ですし、ほしい情報が古いのが玉にきずです。

それにしても。。。。
障害という言葉。考えさせられます。
社会が「障害(=じゃまなもの)」としてラベリングしていた歴史があまりに長すぎたかな。
障害何たらの専門家や、少しでも意識のある人たちは、「障害」という言葉は、彼あるいは彼女が社会の一員として参加するのに「障害(=他の手段が必要であったり、あるいはその手段を使うのにコツが要るもの…って感じかな。上野さんは不利をこうむるものという表現をされています)」となるもの、という意味で使っているのですが、
そういう一部の良識ある(のかな…)人たちのイメージがなかなか浸透しないですね。
悲しいことに。
だから、「学習障害」という言葉で当事者も親もひどく傷つく。異質なものと見られることに大きな心理的負担を強いられる。。。。
あるいは、子ども社会において、「障害児」という言葉がいじめの言葉となりうる。。。。

また、脳についても考えさせられます。
何か問題を抱えている、という子どもたちを判断する材料として、
「脳にちょっとしたトラブルがあるのではないか」と考えることは、
実はとても楽なことなように思います。
今現在、脳の細かい動きをすべて解明できているとは言い難い中で、
「よく分からないけど脳の一部が少し動きが悪いようですよ」と言うことは、何だか「専門家」らしいし、納得しやすい。
だけど、「完全な脳」なんてあるのかな~。
人間がそれぞれ個々に違うように、脳も個々に違うんじゃないかな~。
その「違うところ」をもってして、それが問題なんです、なんていう言い方をされても、現実問題として何の助けにもならないんじゃないのかな~。
何だかそんなことを思いました。
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「LDの見分け方」日本LD学会編
2006 / 02 / 13 ( Mon ) 13:09:00
1997年発行。「分かるLDシリーズ」の②です。
全部で3冊あり、①「LDとは何か」、③「LDと学校教育」です。
読むと、暗い気持ちになります(…笑)
何でも障害障害って言うなよ~とか、問題って何だよ~とか。。。
自分の子が心配でこれを手にした親御さんは、自分の子供に当てはまるものは1つぐらいあるんじゃないかな。いや、「普通」にしてる子でも、、、、ね。
題名が、「見分け方」なので、じゃあどうすればいいの?ってところには触れてないし。(これって当たり前?)
いわゆる専門家と一般人との温度差を感じた本でした。

本の覚書はこちら↓
図書館で借りた本なので、私が気になったところだけピックアップしています。論旨をまとめたものではないので、かなり偏っていることをお断りしておきます。

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