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「蛇行する川のほとり」恩田陸
2007 / 01 / 15 ( Mon ) 21:13:13
本を閉じても余韻が残る作品です。
この作品、とっても好き。

この作品を読んだ夜、庭一面に背丈まで伸びたドクダミが生い茂る夢を見ました。
「川面と同じ高さの小さな草原と、自分の背丈ほどもあるハルジョオンの繁み」が、私の夢では何故にドクダミ

★★★★☆

高校1年生の鞠子。夏休みに美術部の先輩、香澄に誘われ、「船着き場のある家」での合宿に参加する。「私たちは仕上げなくちゃいけないわ」二度繰り返された香澄の言葉の意味も分からず。
久瀬香澄、斎藤芳野、鞠子に加えて、香澄の従兄弟、貴島月彦、月彦の幼なじみ、志摩暁臣の5人の9日間の合宿生活。
船着き場の船に乗せられ、首を絞められて殺された女性。
川のほとりの小さな森の音楽堂の屋根から落ちて死んだ女の子。
10年以上前の事件と事故の真相が少しずつ顔を出す。



少年少女の時代って、外見と内面が大きく違う年代かもしれません。
子供はその内面(感情)がストレートに顔に出る。
逆に大人は、その仕草や表情や口ぶりに内面が見え隠れするようになり、
もっと年を重ねると、顔にその人柄までもがにじみ出る。
少年少女の内面は外見からはうかがい知ることができず、可愛らしさや純朴の中に残酷が含まれ、その残酷の中に純粋が含まれ。。。煌めくような多面性を持っているのかもしれません。
恩田さんが少年や少女を好んで描くのも、この多面性や外見と内面のギャップの大きさに魅せられているのかもしれないなぁ。
そんなことを感じます。
そして、恩田さんはそういう少年少女の心の機微を描くのがうまいなぁとも思います。甘酸っぱく、懐かしく、そしてもう手が届かない世界に魅せられます。

この作品、一部は鞠子の視点で語られ、二部は芳野、三部は鞠子の親友、真魚子、そして終章は香澄の視点で語られます。
視点が変わることによって、同じ出来事に新たな様相が付加されていく。
この辺の雰囲気がとてもミステリアスで、ぞくぞくします。
語り部の順番もまた、絶妙です。
芥川龍之介の『藪の中』のように、それぞれの真相が羅列され、そして終わりを迎えるのでは…とすら思ったのですが、
この作品はとりあえず「真実」に辿り着きます。
けれどもその「真実」さえも、また視点を変えたら、例えば香澄の母親の視点が加わったら、違う「真実」が生まれそうな、そんな脆さを内包した真実です。
「真実?どこにそんなものがあるのでしょうか。真実。その言葉を口にしたとたん、その言葉が持つ虚構の猛毒で、舌が腐り始めてしまうことをあたしは知っています。あたしたちは、自分が見たものしか信じられない。いえ、自分が見たい者しか信じられないのです。真実とは、あたしたちが見たいと思っているもののことなのですわ。」という演劇部の舞台上の台詞(第一部)が、やけに効果的に響きます。

舞台設定は蛇行する川のほとり。
作品全体が一つの舞台のような、そんな物語でした。

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