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「裏庭」
2006 / 01 / 08 ( Sun ) 11:04:45
梨木さんの作品は、いつも私の深いところにそっと触れてきます。

★★★★★

存在そのものを深く深く沈めているはずなのに、
梨木さんはいとも簡単に、静かにそっと手を触れてきます。
手当という言葉を思い浮かべます。

その温かさにたまらなくなり、私は涙が止まらなくなるのです。

作品についてはこちら↓
ネタバレなんて気にせず書いてしまいました。その上めちゃくちゃ長いです。あんまり長いので、てきと~に番号まで振ってみました(^^;)
1.
この作品のテーマは、「心の傷とその昇華」といったところでしょうか。
アェルミュラのおばばは「傷を恐れるでないぞ」と言い
チェルミュラのおばばは「傷に支配されるな」と言い、
サェルミュラのおばばは「傷を大事に育んでいくことだ」と言うのです。

チェルミュラのおばばは言います。
「あらわになった傷は、その人間の関心を独り占めする。傷がその人間を支配してしまうのだ。本当に癒そうと思うなら、決して傷に自分自身を支配させてはならぬ。」
「真の癒しは鋭い痛みを伴うものだ。さほどに簡便に心地よいはずがない。傷は生きておる。それ自体が自己保存の本能をもっておる。大変な知恵者じゃ。真の癒しなぞ望んでおらぬ。ただ同じ傷の匂いをかぎわけて、集いあい、その温床を増殖させて、自分に心地よい環境を整えていくのだ。」
これは、「癒し」という言葉に何やら胡散臭いものを感じていた私には、コツンと腑に落ちた言葉でした。
そう、自分の傷に溺れていては人間1歩も歩けなくなるのです。


2.
 照美の母、さっちゃんは思います。
「人が人をわかろうと努力するときは、既にほとんど半分ぐらいは許せる気になっているものだ。」と。
そして自分は、自分の母、妙のことをわかろうなんてしたことがなかったと思うのです。

レイチェルがさっちゃんに言います。
「(あなたの傷は)無理に治そうなんてしないほうがいい。薬付けて、表面だけはきれいに見えても、中のダメージにはかえって悪いわ。傷をもってるってことは、飛躍のチャンスなの。だから、充分傷ついている時間をとったらいいわ。薬や鎧でごまかそうなんてしないほうがいい。」
「傷ついたらしょうがない、傷ついた自分をごまかさずに見つめて、素直にまいっていればいい。」


さっちゃんはレイチェルの話を聞いて、自分がパパに自分をもっとよく知ってもらいたいと思って自分の心を覗いてみたことを思い出します。

「さっちゃんは、胸の中にごろごろと転がっている胸の痛む思い出を取り出そうとして、でも、自分が本当に伝えたかったことは、もっと別にあるような気がした。それで、そのごろころたちを押し退けて、もっと億にあるものを取り出そうと手を伸ばして、さっちゃんはすくんでしまった。そこには何もなかったのだ。何もなかった。真っ暗な底無しの穴のようだった。向き合うと真空の穴のように自分が吸い込まれていきそうだった。…あんなことはもうまっぴらだ。あんな恐ろしい穴を相手にしなければならないのなら、だれにも理解されずに1人でいた方がずっとましだった。」

さっちゃんの傷は相当に深く、今もまだぱっくり傷口が開いているのです。
母となった今でも。

梨木さんの作品には、なるほど母娘の葛藤が描かれていますね。
母娘の葛藤が、もうひとつ下の世代の、娘と孫娘の葛藤へと受け継がれてしまっている様がよく描かれます。
梨木さんはそういう巡り合わせにいたのだろうか、そんなことを思います。
どこかでだれかがそのつながりを断ち切らないとね。
それが傷を育てていくということなのかもしれません。

「ウランバーナの森」を読んだときの梟さんとのやりとりで、私はこんなことを書いていました。

じっくりゆっくり時間をかけて。それが、この作品中(ウランバーナの森)で語られている「大人になる」ということなのかもしれませんね。
でも、大人になっただれもが傷を飛躍のチャンスにできるわけではない。
ポンと弾けるというか、ピカッとひらめくというか、コツンと分かるというか、何かそういう「瞬間」が必要なような気がします。

今でも私、そう思います。
「傷を育てる」って、正直よく分からない言葉だけれど。

テルミィは結局自分を受け容れることで、傷を育てたのでしょうか。
育てた傷があの宝剣ということなのかな。

テルミィは心からくつろげる場所にたどり着きます。
「私はここに属している。私はここから生まれて、そしてここに帰るんだ。」
けれども、そこにはいつまでもいられないことをテルミィは知っています。
「何でここにこうしてずっと浮かんでいられないんだろう。この世の終わりまで。それが一番平和で安定していて幸せなのに。なんでわざわざ傷つきに、そして人を傷つけに歩き出さなければならないんだろう。」
そして、人を傷つけることが分かっていながら、テルミィはやりとげます。
「是も非もない。今はもう自分がそういう人間だということを引き受けるしかしようがなかった。」
…「傷を育てる」ってやっぱりよく分からない。
何だか勝手に「育っていく」みたいなイメージが残るのだけれど。
でもきっと、テルミィにとっての「ある瞬間」が、一つ目の竜の目玉を入れるという瞬間だったんだろうなと思います。

そうやって傷を育てたテルミィは、リアル世界の照美に戻ります。

「照美はもう、母親が自分を見て、避けるようにしたぐらいではたじろがなかった。それは、抱いてくれるに越したことはないけれど。ママならこんなもんだろう、と、どこかで思った」という目を持つようになり、
「ママと自分ははるかに遠い場所にいるんだ。」
という認識が、
「自分と母親はまったく別個の人間なのだという事実を肌で理解」
するまでになっています。

「寂しいのは、絆がきれたように思うからだ。…そのことが柔らかい照美の心を痛めつけるのだ。長年張り巡らせた根を、力任せに抜いて、細いデリケートなひげ根をことごとく擦り切ったような痛みだ。けれどそれは、やがて必ず回復するだろうという確信を、どこかに伴っている痛みでもあった。」
ああ、照美は少し大人になったのだなと思います。
これからは、きっと照美は、
「真実なんて1つじゃないんだ。幾つも幾つもあるんだ。…そんなもの、つきあってなんかいられない。」
と叫んだ幾つもの真実から、本当の真実を見て取るようになるだろうという希望を感じさせます。

「傷を育てる」というのは、自分が自分らしくあろうとすることなのだと梨木さんは言いたいのかもしれません。あるいは自分の中の真実を見つけることなのだというような。

だけど。。。。
確かにつながりを断ち切るのは照美なのかもしれません。
その意味で、「傷を育てた」のは照美なのだと思います。
でも、私が思う「傷を育てる」というのは、そういうものではないような気がするのです。
照美はまだ自分の傷さえ自覚していなかったのに。
きちんと見つめる、育てることができたのは、照美ではなく、さっちゃんだったのではないのかな。
そんな思いが残ります。
ま、これは子供を主人公に据えた児童書ですからね。子供が主人公なのに、大人がでしゃばってどうする、とも思うのですが。

3.
親が仕事で忙しく、子供は寂しい思いをする。
これは何も今の世の中だからこその話ではないはずです。
また、寂しい思いをした子供のすべてが傷ついているわけでもありません。
その「違い」は何だろう。
私はついついそこに目が行きます。

レイチェルが、優秀な庭師でもある家政婦のマーサに言います。
「日本ではねえ、マーサ。家庭(ホーム)って、家の庭と書くんだよ。フラット暮らしの庭のない家でも、日本の家庭はそれぞれ、その名の中に庭を持っている。」
庭師のマーサは、物語の初めに言っています。
「結局私の目指しているものは、理想的な混沌、とでも呼ぶべきものだということがわかってきましたよ。自然のままに、まったく手を加えないっていうんじゃないですよ。そうすると庭は必ず『荒れる』んです。」
そして、家の庭がいつも居心地よかったレイチェルの、「何か秘訣があるのかい?」という問いに対して、
「それはね、レイチェル、眺めるってことなんです。草木に愛情をもって、応援し、その隆盛も衰退も積極的に見つめてあげるんです。」
と答えます。

あ~、確かに。
私だって愛情をもって見つめてもらわないと『荒れる』もの、と苦笑。

家庭という言葉が美しく、意味あるものに思えました。

4.
 パパ、徹夫が純に再会するシーン。一番心に残っています。実は私、このシーンに泣けて泣けて仕方なかったのでした。
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*Comment  Thank you*
comment
  ◆◆

むふふ~~また変えたのね~~
前のはお正月バージョンだったものね。
これは、そらさんらしくて、とってもステキよ。
梨木さんは「からくりからくさ」以後読んでない。
ちょっと苦手かも。
でもこれには興味わいたよ。 図書館で見てみようっと^^
by: ゆきうさぎのく~ * 2006/01/08 18:38 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

じっくり読みましたね。「傷を育てる」。何かに気づいたときに「傷」が出来るのでしょうね。「自」と「他」の違いに気づいたときに。一心同体だと思い込んでいた母親ですら他人だと気がついたら切ない。でもそれが人間の特権なのかも。自己と他を分けて考えられることが。
(やはりコメントが楽なのは嬉しいです)
by: saheizi-inokori * 2006/01/08 19:28 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

梨木さん、今年はもう1冊は読んでみたい^^

「裏庭」も古本屋さんに行った時に手に取ったりしてるんだけど。

少し積み本が片付いたら「裏庭」買ってこようかな^^
by: でねぶ * 2006/01/09 10:22 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさんはじめまして!
いつもこのblogを拝見させて頂いているのですが、書込みは確かはじめてだと思います。

この本では、照美が妙さんの代わりにママに抱きつくシーンがとても印象的でした。

すごく、いい記事だなと思ったのでTBとリンクさせて頂きました。
by: 大葉 もみじ * 2006/01/09 18:17 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

本年もよろしくお願いいたします。
ということで、遅いのですが年賀状代わりのトラバをいたします。
今年こそはタイピングと頭の回転を早く、文を柔らかくしたいです(笑)。
その後ハンドルネームをサイト名と分離、呼びやすいよう、こち(東風)に変えました。でもまだサイドバーのコメント欄に“昔の名前で出ています”状態(笑)。冬場に考えたのがミエミエ!。印象が変わっちゃったでしょうか?。親しみやすくなってたら嬉しいです。
それと訪問お礼TBは発展的解消(各カテゴリへ転載)し、新企画を立ち上げる予定です。
今年も素晴らしい本とのめぐりあい、楽しいできごとがいっぱいあるといいですね。
(最後はフランクに)また気軽に寄っていってね(やっぱ文章固い?季節柄、おもちみたいにホットで柔らかい文章が書けるようになりたいものです)。

年末のご挨拶を出先で読んで、思わずイスの上で正座しそうになりました(笑)。
ひとりひとりの人に向き合い、温かい会話で大切におもてなしする姿勢が、ランキングでの安定した人気につながっているんでしょうね。ブログを通して知り合えてよかったです(ちょい照れ)。サイトも一新(二新?)されて、清々しいスタートになりましたね。
いつもキーボード相手だと思ったことがなかなか上手に表現できないのがつらいです。ペンの方が5倍ほど早く思った通りの文章が書けるのですが(読めるかどうかは別にして、笑)、後からの付け足しや修正を考えるとこちらの方が早いかも。画面から離れると文章が浮かんだり(笑)。小4双子兄妹からは任天堂DSが欲しい攻撃が始まっていたりします。
by: こち(東風) * 2006/01/09 18:25 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

く~さん、こんばんはっ♪
私らしい?(^o^)ステキ?(*^_^*)うれしいわ~\(^o^)/
だけど、自分ではどういうのが私らしいのか、よく分かんないそらでした。
く~さんは「からくりからくさ」が初梨木作品だったのね。
う~ん、それはちょっと厳しかったかも(^^;)
私も正直言って、あれ、難しかったです。
多分ちゃんと理解してないんだろうな~というのは分かるんだけど、
何がよく分かっていないのか分からない、みたいな感じが残りました。
いい作品だとは、すごくすごく感じるんだけどね。
「裏庭」はもっと読みやすいです。
もしよかったら、手に取ってみてね♪
by: そら * 2006/01/09 21:55 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

梟さん、こんばんはっ♪
梟さんとたくさんお話ししたいからね。コメントが楽になってよかったです♪
>何かに気づいたときに「傷」が出来るのでしょうね
うんうん、確かに。
その意味で、照美はまだ傷ができていなかったのかもしれませんね。
だけど、
>「自」と「他」の違いに気づいたとき
最後になって傷ができたのかも。
でもきっと、それを克服する(言葉がちょっと違うかも…だけど)力を照美は持っていると信じられるところが、この作品のよさだったのかもしれないな~なんて思いました。
梟さんのおかげで、また少し違った見方が生まれたわ♪

>でもそれが人間の特権なのかも。自己と他を分けて考えられることが。
本当にそうだな~と思います。
そういうふうに心から納得できるようになることが、
傷を育てるということなのかもしれませんね。

こんなに長々とした文章を読んでくれて、ありがとう♪
by: そら * 2006/01/09 22:06 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

でねちゃん、こんばんはっ♪
「裏庭」、手に取っては返してるのって、もしかしたらカタカナの名前が入っているからじゃない(*^_^*)
いや、私がそうだったから(^^;)
でもね、結構読みやすかったよ。
もしよかったら、最初の何ページかだけでも立ち読みしてみてね♪
by: そら * 2006/01/09 22:10 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

大葉 もみじさん、はじめまして♪
いつも見ていてくださったの?
ありがとう\(^o^)/
今回はこうやってお話もできて、とてもうれしいです♪

>照美が妙さんの代わりにママに抱きつくシーン
本当に、礼砲が鳴るぐらいにいいシーンだったよね。
私も、パパとママと照美の3人のこのシーン、すごく好きです♪
じわ~と幸福感が心に沁みてきます。

こんなに長くなってしまった記事をほめてくださってありがとう♪
最後まで読んでくださってありがとう♪

また、いつでも遊びに来て、足跡残してくださいね。
待ってます♪

by: そら * 2006/01/09 22:25 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

こち(東風)さん、こんばんはっ♪
東風吹かば匂いおこせよ梅の花…ですね。
いい薫りが漂ってきそうなよい名前v-315

こちさんは手書きのほうが早いんだ。
なのにいつも温かなコメントを残してくださって、ありがとねv-290
うん、でもこれは慣れですよ、慣れ♪
ここにたくさんコメントして、キーボードの練習をしてくださるとうれしいな♪

>画面から離れると文章が浮かんだり(笑)
あ~、これ、私もあるある(^^;)
何だか画面から離れるとスラスラっと出てくるんだよね。
で、画面の前に座ると忘れちゃったり。
ちゃんと覚えておこうよ~と自分で自分に突っ込んでます。

こちさんの文章、硬いですか?硬いというより、きちんとしてるという感じで、きれいだと思います。無理しないのが一番♪だと根性なしの私は思います(^^;)

年末のご挨拶、何だか過分のお褒めにあずかったような(*^_^*)
そんなふうに言ってもらえて、うれしいような面映ゆいような…くすぐったいです。
ま、とりあえず正座などせず(^o^)
はいっ♪コーヒーv-273

私もこちさんとお知り合いになれて、うれしいです(*^_^*)

今年もよろしくお願いしますね♪
by: そら * 2006/01/09 23:00 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん
コメントありがとうございました
TBさせてもらえますね

自分の中の『傷』を認めてあげるのって
ほんと難しいですよね

人を本当に認めるのと同じくらいに
と思ったりもします
by: ぼのぷ * 2006/05/29 01:42 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

ぼのぶさん、いらっしゃいませ~♪
この作品、私も大好きです。
ときどきぼのぶさんのとこに遊びに行ってます。
何やらぽわんとしていて、いい感じ♪

もしよかったら、また遊びにいらしてくださいね♪
お待ちしてますv-353
by: そら * 2006/05/29 10:05 * URL [ *編集] * page top↑
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人は傷ついて成長する 梨木香歩 「裏庭」と 茂木健一郎 「『脳』整理法」
ナンか安っぽく表題をまとめてしまったなあ。2冊の本がいろんなところで同じことを言っている。そのひとつが「人間は傷つけられる」と言うことを極めて積極的にとらえていることだ。積極的というより人間存在の根本を「傷つけられること」においているといってもいい。まず 梟通信~ホンの戯言【2006/01/08 19:30】
『裏庭』
『裏庭』 (新潮文庫)著:梨木香歩両親はいつも仕事で忙しく、祖父母ももういない、ふたごの弟は6年前に他界している。だからひとりで留守番をすることも多い照美だが、友だち もみじの本屋【2006/01/09 18:11】
2006年、今年のスローガン(標語)
旧年中はご愛顧ありがとうございました。みなさまのご健康とご多幸を心からお祈りいたします。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。2006年は新しい企画でアミューズメン ほんにきく【2006/01/09 18:41】
裏庭 梨木 香歩
裏庭梨木 香歩 「BOOK」データベースより昔、英国人一家の別荘だった、今では荒れ放題の洋館。高い塀で囲まれた洋館の庭は、近所の子供たちにとって絶好の遊び場だ。その庭に、苦すぎ ほんとぼの 2nd【2006/05/29 01:37】
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