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「メタボラ」317~333回覚書
2006 / 11 / 05 ( Sun ) 00:14:25
劣悪な労働環境に気が滅入っていた雄太君。
彼の周りに、少し変化が起きます。
たなか・さとひろさんに、「近々まとめますね~」なんて言ってたのに、気がつけば、結構日にちがたっていました。
最近、1日があっという間に終わります。
何でかって???朝、寒くてぐずぐずしているからでした(^^;)
前回は、世話役の森本に、原口とは一緒に住めないので部屋替えを直訴するところまででした。

森本は、原口と勤務帯の異なる夜勤を雄太に勧めます。
「若者は傲慢だよね。自分は本来、こんなところに居るべき人間じゃないのに、居てやってる、働いてやってる、と思ってるの。でも、それしかなれないし、できないわけでしょう。だったら偉そうに言うなって話じゃない。きみたちの身分って、悪いけど、一番下の下で、急に仕事なくなったって文句言えない立場でしょう。…言ったらキリのないことを言って、俺を困らせるなよ。」
食い下がる雄太に、森本は言います。

結局、事態は何も変わらず、雄太は、むしろ悪いほうに転がったように感じたのでした。

森本が立ち去った後、キクチが寮に帰ってきます。

当初60人いた新人は、1人減り、2人減り、今では40人弱になっています。

「あたしたち、いつもでここにいるんだろうね。」
キクチが言います。
雄太がキクチに夜勤に変わることを告げると、
キクチは、嫌だと言います。雄太がいるから頑張っていられるのにと。
そして、「あたしね、最初会ったときから、香月君が好きだったんだよ」と告白までしました。

雄太は、
キクチの告白が嬉しいのか嬉しくないのか、僕には分からなかった。ただ僕は、他人の存在を希望の糧にできるヤツはいいな、と他人事のように羨ましく思っただけだった
のです。
そんな雄太に、キクチはがっかりします。
雄太は、「俺、それどこじゃないから」と言いますが、キクチを傷つけるばかりです。
自分が傷つき、他人を傷つけ、だれも救われないところでもがいている自分が嫌だった。
雄太はとっさに自分の持っていた煙草を自分の左手首に押しつけていました。

第323回はほかの回とは少しトーンが違います。

僕は、自分が集団自殺を考えるに至った長い話をしているところだ。退屈ではないだろうか。
という出だしで始まります。
語るのは嫌じゃない。だが、今の僕には、当時の絶望や事態の深刻さが、すでに実感できないものになっている。…人が死を選ぶ理由は様々で、レベルも軽重もない。あるのは、まさに個人的としか言いようのない理由なのだから、それを他人に分かってもらおうと思うこと、そして他人が分かろうとすること、双方とも、錯覚に過ぎないのだ。
と。
雄太は、父親の自殺の理由が、だれにも解決できない孤独と絶望だと理解していますが、
最後にちょんと背中を押して、死の扉を開けさせたものは何だったのだろう、ということ
を、いつも考えていたのです。
父親が死んだ夜、トイレの電球が切れていました。彼は、暗いトイレで用を足していて、それが背中を押したのではないかと考えています。

誓って言うが、僕は自殺したかったわけではない。…だが、うまくいかない失意が積もると、失敗を恐れて心の弾力性が失われる。他人への憎しみを感じるたびに、自分の中の温かで積極的な感情が壊れていく。そう、僕はとても疲れていた。慢性的な疲労の中で、あらゆる感情が鈍磨していった。だから、ひょいと僕の背中を押したものが何だったのか、自分でも分からないのだ。

「とはいえ」と、324回目からは、また工場生活の話に戻ります。
とはいえ、僕は少しの間、安泰と言えなくもない日々を過ごすことができた。
のです。
原口と雄太の部屋に新しい住人が増えました。
木村と名乗るその男は、バックパッカーで、バイトをして金を貯めては世界を回っているのです。
原口より年上の木村は、さくさくと部屋に秩序を与えました。
掃除当番、ゴミ出し当番、布団を敷く時間などを決めた木村の行動力に、雄太は心酔していきます。

とりあえず夜勤の様子を見るために、昼夜交代勤務に就くことにした雄太。
柏崎の短い夏が終わり、秋になります。
突然キクチが辞めたと聞き、雄太は愕然とします。
何も知らなかったことに、衝撃を受けたのです。
キクチに告白されたとき、突発的に自分の手首に煙草の火を当ててしまった雄太。
それ以降、雄太を避けるようになったキクチに、
キクチとすれば、自分を傷つけてまでキクチを嫌がった、と思ったのだろうか。
と思う雄太。
そうではないと説明する前に消えたキクチが、僕は恋しかった。
のですが、それも、日がたつうちに忘れていきます。

短期間の予定だった木村は、ここが気に入ったから、もう少し残ることにしたと言っています。
雄太は嬉しくてたまりません。
初めて仲よくなった木村と、いつまでも一緒にいたかったのです。
けれども、2人が居酒屋で飲んでいるとき、入ってきた2人の男に、木村は連れていかれてしまい、それっきりになりました。
木村は、幼女に対するいたずらの疑いで、逮捕されたのでした。

キクチが去り、木村が逮捕されて、雄太の周りには、親しい人間もいなくなります。
雄太は、クリーンルームの夜勤を希望しました。

こんな仕事は速く辞めたいと思っているはずなのに、僕はなぜか引き返すことができずに、工場の深部へ深部へと向かっているかのようだ。

クリーンルーム初出勤の日。中国人研修生の一団と一緒になります。
リーダーだという鄭顕栄(ケン)が、拍手の手を差し出しました。

僕の見知っていた世界とは違う場所に足を踏み入れたことは確かだった。

で、今、雄太は、クリーンルームでの作業や注意点をチーフ中島から聞いているところです。

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
キクチは、雄太の深くて暗いものを感じとり、避けていったのだろうなぁ。
木村、きっと何かあると思っていたけど、自身に問題ありの人だったんですね。そうか。そういう展開か。。。

323回目。
ちょんと背中を押すモノ。。。多分そういうものがきっかけになるんだろうね。
今、いじめで自殺…がマスコミで話題になっています。(話題になっているからまるで連鎖反応のように、毎日のように自殺する子が出るのか、今までも毎日のように自殺してた子はいたけれど、マスコミに取り上げられなかっただけのか、、、、)
平均台の上を歩いているような危うい均衡を保ちながら、やっと歩いている子にとって、客観的に見れば「どうしてそんなことで…」と思うようなことでも、決定的なダメージになるんだよなぁ。きっと。
でも逆に、ほんの小さなひと言や、ほんの小さな出来事が、その子を死の淵から引き戻すこともできる…かもしれない。
平均台の上を歩いている子がどんな言葉をもらうのか、どんな出来事に遭遇するのか、それはただ運でしかないかもしれない。
だけどやっぱり、どんな子にもいい運がありますようにと、きれい事かもしれないけれど、思ってしまう。願ってしまう。
何だかそんなことをつらつらと考えました。
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*Comment  Thank you*
comment
  ◆◆

まとめありがとうございます。
毎日読んでいますが、読むのがつらいっす。

木村はなんだったんでしょうね?いきなり現れていきなり消えてしまった。どこかのCMではありませんが、予想外です(^^ゞ

私の中では原口の「何も考えなくていいのでこの職場が気に入っている」という台詞が重かった。

良くも悪くも今の日本を表現しているような気がしました。

by: nagayume * 2006/11/05 15:08 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

頭が整理できないので、とびとびにコメントしますが、ご容赦を。

そらさんが緑色で書いた森本の台詞も重い。
私の記憶が正しければ、この前後に雄太が「こんな会社で正社員になっても云々」ってくってかかったんじゃなかったでしたっけ?「何をいうのだろう」と思ったら、森本がまさに正論で切り返したんでしたっけ。

 私はこの台詞、まさに核心を突いていると思いました。雄太の甘えを吹き飛ばしましたよね。本人はそれで目覚めるどころか変な方向にいっちゃいましたけど(^^ゞ
by: nagayume * 2006/11/05 15:14 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

ふーむ。
┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

告られてタバコを押し付け現場見せてどうするの・・・
かなり闇の部分をさらけ出しちゃってキクチがどん引きするの
凄く分かるなあ・・逃げますよ・・・・。
どんな言葉よりも行為って怖いですね。

なんか訳アリ君たちが沢山いる職場のようで(苦笑)
少女わいせつだなんて!ヒイィィ!!( ̄ロ ̄ノ)ノ
しかもそんな素性の(知らなかったとはいえ)男に心酔。。。
ああ。。雄太哀れ。。。(-∧-)合掌・・・

確かに死を急ぐ人の背中を押すものは
小さな小さな事かもしれないですね
それに死を選択する瞬間も意外と単純なのかも。
後から考えたら「どうして!」って自分で思っちゃう事でも
そのときはこの世の果てって思ってるでしょうしね。
主観的な事ほど後から謎なことはないです

***

寒くなりましたー(ぶるぶるぶる)
柿が美味しい季節になっちゃいましたねー♪
姫ママは干し柿作りが好きなので今年も箱で渋柿を買いました!
きっとシワシワになったころ「食べなさい」と煩いんだろうなぁ
でも干し柿って凄い栄養あるんですってね~~♪

うちは家族が風邪でほぼ全滅しましたが私だけ生き残りw
そらさんもどうぞ気をつけて~~(*´▽`*)ノ”


by: 姫 * 2006/11/06 09:44 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

nagayumeさん、姫ちゃん、こんばんはっ♪
いつも素早いコメントをありがとです。
ホントに感謝です。
今ね、ちょっと幸せな気分なの(*^_^*)
なので、まともに雄太のお話ができそうもないので、また明日、ゆっくり雄太のお話をしたいな~なんて思います。
明日、ヨロシクです。
わがままいっぱいでごめんね♪
おやすみなさいv-75
by: そら * 2006/11/06 23:31 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、御多忙中にも拘らず面倒なまとめをしていただき、ありがとうございます。
Nagayumeさん、心のナイチンゲール姫さん、早いコメントありがとうございます。

森本の様な男はどこの職場にも居た、というのが定年退職後の愚老の実感です。組織の末端現場で組織権力の執行を下請けしている職種、職長、係長、課長クラスの人々であり、昔の軍隊なら軍曹、曹長などの下士官クラスであったでしょうか。
現代社会は多くの細胞から成立していて各細胞内には支配と服従の関係が成立しています。社会の下部構造細胞を権力においても思想においても支配し、社会全体を、社会ばかりでなく社会思想をも下から支えているのが多くの森本であります。
その現代社会とは欲望肯定の社会なのであり、欲望充足のための手段として組織あり金銭経済あり、これが現代のほぼすべてであります。あとはそれを補足補強するための思想と文化に過ぎません。
人間にとって何が本質なのか、何が最も貴重なものであるのか、問うこともせず、問う余裕も失ってしまったのが現代という時代なのでしょう。後世もし気がつけば、悪夢を見ていたとふりかえるのが現代という時代なのでしょう。

さすがナイチンゲールさん、風邪のお知らせありがとうございます。早速、愚老はインフルエンザ予防ワクチンを受けようと思います。ご家族の早い回復をお祈りします。
by: たなか・さとひろ * 2006/11/07 08:09 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

nagayumeさん、こんにちはっ♪
何回でもコメント大歓迎ですよん\(^o^)/
ありがとです。

原口の台詞、私がばっさりカットしたところだね。
私、何かちょっと分かる気もした。
人間関係に疲れたときなんか、そういう単純作業のほうが心安まるときもあるんだよなぁなんてね。
そうか、重かったのか。。。

森本の台詞は、nagayumeさんのご記憶どおりだったよ。
そう、正に正論…というか、森本の立場だったらそんな気にもなるだろうと思いました。
ある意味、雄太の今の立場を客観的に指摘している台詞だと思います。
>本人はそれで目覚めるどころか変な方向にいっちゃいましたけど(^^ゞ
まぁ、私としては、本人も薄々分かってたことだろうという気もするんだけど、どうも雄太、その辺は分かってないみたいだよね。雄太としたら、ただ怒らせちゃったぐらいにしか聞けてなかったよね~。
雄太、どこへ行くんでしょう。中国人研修生のケンが次のキーパーソンになるようだけど、だんだん予測がつかなくなってきて、読むのも楽しくなっています(*^_^*)
by: そら * 2006/11/07 14:16 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

姫ちゃん、こんにちはっ♪
>キクチがどん引き
そうそう、「どん引き」って言葉がピッタリだわ♪
ホントにそんな感じ(^^;)

工場って、そんなに訳あり君たちのたまり場なのかしらねぇ。
そういう意味でも、ごく普通感覚のキクチの存在は大きかったんだよなぁと思います。

姫ママは、干し柿を作るために、わざわざ渋柿を買うの?
しかも箱で!
うちの近所のお庭には渋柿がたわわに実っています。
姫ママがごらんになったら、まるで宝の山なんだろうね~(*^_^*)
風邪、ご家族の皆さんはもう大丈夫なの?
姫ちゃんも、風邪をもらわないように手洗いうがいに勤しんでね♪


by: そら * 2006/11/07 14:34 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、こんにちはっ♪

私、森本のことをそんなに深く考えなかったなぁ。
nagayumeさんへのコメントにも書いたんだけど、今の雄太を客観的に指摘している、それだけのことのように思ってた。
中間管理職というか、間に立つ人も大変だよねぇなんて、あんまり疑問にも思わなかったのよ。
まぁ、実際こんなことを言われたら、きっと下の人間はやる気を失うだろうなぁと、だからあんまり利口な物言いじゃないよなぁと思ったけどね。
森本、器の小さい男って感じ。
こういう人が社会思想を支えているのかどうかは、私には正直よく分かりませんけれど、下に向かってときどき小さな爆発を繰り返しながらもせっせと職務に励んでいる、こういう人が組織を支えているんでしょうね。確かに。

>後世もし気がつけば、悪夢を見ていたとふりかえるのが現代という時代なのでしょう。

そういう後世が来るといいね。あ、いや人ごとのように言ってるんじゃなく、そういう後世を目標に据えていきたいですね。

インフルエンザの予防接種。もうそんな季節になったんですねぇ。
さとひろさん、ぜひとも受けてくださいね。
あと、イソジンでうがいも忘れずに(*^_^*)
季節の変わり目だからか、私の周りにも風邪っぴきさんが多いです。
朝晩、冷えるようになりましたからね。
湯冷めしないよう、寝冷えしないよう(!)、ご自愛ください♪
by: そら * 2006/11/07 15:02 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

時々メタボラ読ませてもらってます…♪♪
親が新聞変えたので…メタボラとゎお別れ~(泣)))
てなわけで・・・◇◆ココに来さしてもらってます。。。
いつもご苦労さまです(・v・●)
でゎ…次回からも楽しみにしています♪♪
by: り→らん * 2006/11/07 21:29 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

り→らん さん、初めまして♪
コメント、ありがとうございました\(^o^)/

>次回からも楽しみにしています♪♪
そう言われると、嬉しいな(*^_^*)
ありがとです。

こんなとこですけれど、
また遊びにいらしてくださいね。
お待ちしてます♪
by: そら * 2006/11/08 08:24 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

おはようでーす(*´▽`*)ノ”

>たなかさとひろさん


姫ですー(*´▽`*)ノ”
はい、もうー風邪多いんですよ。
我が家では加湿器フル回転にしてまるで熱帯雨林のようです
インフルエンザがそろそろきそうなので(怖っ)
どうぞどうぞ予防してくださいね!
引いちゃ駄目ですよ~~

>そらさん

ええ~~~!!渋柿がたわわ・・・・・
そりゃ~姫ママみたら感動だ・・・・(T▽T)(T▽T)
いえね、うちの姫ママワンシーズンで100個以上作ります
冷凍して食べるんですけど、作る最中も楽しいんだとかw
姫パパに「あーあ、姫ママの病気が始まった」といわれながらも
黙々と柿むいてます(o_ _)ノ彡☆バンバン
そしてソレを丁寧に紐にくくりつける姫パパ(大爆)
いいコンビです、あの夫婦(大大爆)

おっと柿の話題が先行してしまったΣ( ̄ロ ̄lll)

キクチって多分普通の感覚なんだと思うんです。
だから滅茶苦茶引いちゃったんだと・・・
逆にアレで引かなかったら、どっか回線がショートしてるかと。
隔離された工場って変わった人が集まるのかなぁ・・・
入れ替わりは激しいし、長年勤めるとこじゃないとよく耳にしますが
工場自体も少し問題ある人でも使い捨て感覚なんでしょうね。。
それはそれで寂しいような。

メタボラ読むと本当に現代ってのモノの縮図を見てるようです。


by: 姫 * 2006/11/08 09:21 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

姫ちゃん、こんばんはっ♪
姫パパと姫ママ、いいご夫婦だねぇ~v-238
私も、そんなふうになりたいなぁと思います(*^_^*)

>キクチって多分普通の感覚なんだと思うんです。
うんうん、私もそう思うんだ。だから、去ってみて初めて、キクチって雄太にとって大事な存在だったんじゃないかな~なんて思ったのでした。

>工場自体も少し問題ある人でも使い捨て感覚なんでしょうね。。
それはそれで寂しいような。
工場だけじゃなく、今は正社員をとらないで、派遣だのパートだので、どうにか間に合わせようとしているところが多いよね。
終身雇用制度が崩れてきたから、全体的に「育てる」という感覚も薄れているんだろうね。
なんだかなぁと思います。
ホント、現代の縮図かもしれないね。
by: そら * 2006/11/08 20:19 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

昔、少年達の多くが親しんだ武者修行物語のひとつ。
ある若者が師匠とすべき剣の達人を求めて武者修行の旅に出ます。ある山の中に当代一流の達人が住んでいると聞いてその家を訪ねて入門を乞います。ところがその達人は「わしはもう年老いた老人で、若い貴殿を教える力はない」と入門を拒絶するのです。しかし若者はあきらめず門前に座り込んで入門許可を待ちます。待つこと三日目の夕方になってようやく入門を許され家の中に招じ入れられます。
翌日から剣術を教えてくれるかと思いきや、朝から水汲み、拭きき掃除、炊事、薪こり、畑仕事、風呂焚き、ばかりを言いつけられます。あるとき風呂を焚いている若者の後ろから師匠が突然木刀で打ちます。驚いた若者「なにをなさるんですか」、師匠「お前はまったく油断しているではないか。そんな心がけではとっくに殺されているぞ」。こういうことが何度かあって若者は腹が立ち「師匠だって油断している時があるじゃないか」。ある夜、師匠が囲炉裏端で居眠りをしています。「ここだ」と若者は木刀で師匠に打ちかかりました。すると驚いたことに師匠は目にもとまらぬ速さで囲炉裏にかけてある鍋の蓋を持って若者の木刀を受け止め、「未熟者め、そんな腕で敵を倒せるか」と若者を叱るのでした。
こうして何日か経ったある日、いつものように風呂焚きをしている若者の後ろから師匠が木刀で打ちかかりました。ところがこの時若者は持っていた火吹き竹で師匠の木刀を受け止めました。師匠「ウーム、お前もだいぶ出来る様になった。明日からわしの剣術の極意を教えよう」。翌日から本格的な剣術の修行が始まったのでした。かくして幾星霜、若者は師匠から免許皆伝を許されます。師匠「もう、わしから教えることが出来るものはなにも無い。わしよりすぐれた名人某がどこどこの山中に住んでいる。それを訪ねてみるが良い」と次の階梯を指示するのでした。
若者の旅立ちの朝、師匠みずから早く起きて作った握り飯、かねて用意していた着替えと路銀を若者に与え、門口まで若者を見送ります。

香月雄太のジェネレーションの少年時代はどういう物語に親しんでいたでしょうか。ドカベンなどの野球少年マンガだったのでしょうか。少年時代、青年時代に親しんだ物語は一生の人生観を形成します。雄太の生き方に不足がありとすれば良い物語に出会わなかった悲運でしょうか。

ナイチンゲール姫さん、そらさん、老人をお気遣い下さり、ありがとうございます。早速、インフルエンザ予防ワクチンの接種を受けました。接種してから2週間後、効果だ出るそうです。効果は五ヶ月間続く、とのことです。しかしワクチンを接種してもインフルエンザに罹患する場合もあるので油断禁物だそうです。
by: たなか・さとひろ * 2006/11/09 13:15 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、おはよっ♪
インフルエンザ予防接種、お疲れさま♪
ホントにね~、もうそんな季節なんだわね~(この間から同じことばかり言ってる^^;)

さとひろさんの書いてくださった武者修行もの、どこかで聞いたことのあるような、懐かしさを感じるお話だわ。
私自身は、そういうお話を読んではこなかったと思うけど、
何で知ってるんだろうなぁ。。。

>香月雄太のジェネレーションの少年時代はどういう物語に親しんでいたでしょうか
…何だろう?ドラゴンボールとか、ゴレンジャーシリーズとか、その辺???同年代の方に聞いてみたいね。

>雄太の生き方に不足がありとすれば良い物語に出会わなかった悲運でしょうか
これ、私の中ですごく新鮮な視点です。
それとも…良い物語に出会っていたとしても、それを吹き飛ばすような強烈な物語を目の前にして、それに引きずられているのかもしれませんね。
雄太は小さいとき何が好きだったのか、聞いてみたい気がしました。
by: そら * 2006/11/10 09:56 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

ナイチンゲール姫さん、いつも独特のコメントありがとうございます。ところでキクチの

どん引き

とは、どういう意味ですか?先日、電車の中で五、六人の若者のおしゃべりを聞いていたらさっぱり分からず、この若者たちは東南アジアからの留学生か、と思っていたらややあって日本人だと分かり、びっくりしたことがありました。
社会情勢、社会事情は急速に変化し社会の片隅で生きる愚老のような老人はとり残されるばかりです。とり残されないためにも若者言葉を勉強したく思っています。

そらさん、いつも早いコメントでフォロウしていただき、ありがとうございます。
人は夫々固有の物語を持っていて自分を導いたり、背後から支えていてくれたりしているのではないでしょうか。友人の一人は少年時代に読んだシュヴァイツアー伝から医師となり僻地医療に一生を捧げ、亡くなりました。惜しいひとは早く亡くなり、居なくてもよい愚老のような老人は生きながらえてお恥ずかしい次第です。少女時代にキューーリー夫人伝を読んで科学者になったという話も聞きます。
別の友人は太宰治の小説にのめりこむことによって暗い青春時代を乗り越えました。先輩の一人にも太宰にのめりこんだ人がいました。大学受験に二度失敗し、決して頭の優秀な人でもなく要領の良い人でもありませんでしたが太宰の小説群に支えられて人生を歩んだと推測しています。

さて、このメタボラも若い人たちの支え、あるいは導きの星になってくれるでしょうか?そうなってくれれば好いですね。
by: たなか・さとひろ * 2006/11/11 16:06 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、こんにちはっ♪

どん引き…これね、どど~んと思いっきり気持ちが引いてしまうって感じだと思うんだ♪
私も若者言葉、よく分かんないこと多いけど、感覚的に。
姫ちゃん、違ってたら教えてねっ☆
最近の子ってやたらと早口だよね~(-_-)
私も、自分の子の話がよく聞き取れないこと、あります、
何回も聞き直して、すご~くイヤな顔されるの(>_<)

>人は夫々固有の物語を持っていて自分を導いたり、背後から支えていてくれたりしているのではないでしょうか
そうなんだろうな~と思います。
といっても、自分の固有の物語とか、支えてくれている物語って何なのか、よく分からないんだけど。。。
『魔法使いサリー』かな???
>このメタボラも若い人たちの支え、あるいは導きの星になってくれるでしょうか?そうなってくれれば好いですね。
ど~なんでしょうねぇ(-_-)
支え…にはならない気がする。。。v-8
by: そら * 2006/11/12 16:53 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、おはようございます。

このメタボラも若い人たちの支え、あるいは導きの星になってくれるでしょうか?

という愚老の疑問に早速のお答え

>支え…にはならない気がする。。。

ありがとうございました。愚老もその様に思えるのですが・・・。今更のように文学というものの効能について分からない事があります。ズーッと不思議思っていたのは太宰文学が長く読み継がれ、若い人たちの心の支えになって来たことです。ご承知のように太宰文学、特に太宰晩年の作品に登場する人物はどれもこれもダメ人間ばかりでした。その登場人物の破滅の物語でした。この点はメタボラと共通しています。ところが、どこか異なっている・・・その異なりが 支えにならない、支えになる の差異となっているのでしょうか?

小説を殆ど読んだことなく、文学の素養もない愚老ですから分からないのは当然でしょうが。教えていただければありがたいことです。

ナイチンゲール姫さん、いつも元気なコメントが最近ないのでどうしたことかと心配しています。姫さんも風邪にかかったのでしょうか。もし、そうなら一日も早いご回復をお祈りします。

干し柿は貴重な栄養源とのこと、食べられるようになったら風邪の予防に役立ててください。
by: たなか・さとひろ * 2006/11/14 10:15 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、おはよっ♪(もうお昼だ^^;)
こんにちはっ♪

いやいや、お答えなんて、そんな滅相もない(>_<)
ただ何となく…で書いてしまいましたv-356

太宰治の作品と『メタボラ』の違い。
う~ん。。。。。何なんでしょうね。
確かに、太宰の作品に出てくる登場人物はダメ人間といえばダメ人間が多かったし、結局破滅に向かう話が多かったかなぁと思うのにね。
私が太宰を読んでいたのは、高校生ぐらいのときだったので、
もう細かいことは忘れてしまったし、イメージだけしか残っていないけれど、
でも、何かはやっぱり違うんだよね~、読んだ感じ。

作者のスタンス?
太宰の作品は、何というか、すごく自分を削って書いていたような感じがしてた。
桐野さんの作品は、観察して、書いてる感じがする…かなぁ。うまく言えないけど。
あと、新聞小説でタラタラ読ませるか、単行本で一気に読むかというのでも違うだろうし。。。
あ゛~、でもそんなんじゃない気がするv-355

さとひろさん、何か思いついたら教えてくださいね☆


by: そら * 2006/11/14 13:30 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

私も、愚見を述べさせていただきます。

※否定文が続くので、ややきつい文体ですが、他意はありません。お気になさる部分があれば、私の表現力不足ということで、ご容赦下さい。

>支え…にはならない気がする。。。
同感です。全くならないでしょう。そもそも、そういうことを意図した小説の様には思えません。


>太宰文学が長く読み継がれ、若い人たちの心の支えになって来たことです
私は太宰文学をさほど読んでいませんし(ゼロではありません)、心の支えにもなっていません。それを前提として、述べさせていただきます。

破滅型の人間の生活というのは、人間、誰しもあこがれるし、興味もあります。また、そこには強烈な個性と生命力が感じられるものもあり、そういう部分が読み継がれた一因なのではないかと思うのです。

 対して、本作品の主人公のかつきゆうたくんに、そういう部分があるでしょうか?少なくとも今の独白の章では、私には全然感じられません。単に追い込まれているだけ。生命力があるようにも見えない。これは、悲しい物語ではありますが、心の支えにはなりません。それどころか足を引っ張られる様な気がします(^^ゞ

 それが両作品の違いかと思うのですが。

 ただ、これは、本作品が悪いという意味ではありません。作品の意図や思いが、太宰文学と違うからです。両者を比較するのはやや難しいかと思います。

>雄太の生き方に不足がありとすれば良い物語に出会わなかった悲運でしょうか
この作品ってフィクションですよね?(^^ゞ なので、出会っていたとしても、無理矢理この展開に作者が進める様な気がします(^^ゞ

 それだと話が終わってしまうので、実在すると仮定した上で考えると、良い作品に出会うかどうかは、一つのファクターではありますが、それだけで語ることは難しいと思います。作者の言いたいことは家庭環境の問題だと訴えたいのではないでしょうか。仮に良い作品に出会っていたとしても、家庭環境の要因があまりにマイナス過ぎて、かき消すような気がします。どちらかというと、良い作品、友達、そして家庭、そういった全てのところから、どのように人生観が培われたのか?とした方が自然の様に思えますがいかがでしょうか(妹はなんだかんだで自分の道を選んでますからね。妹だけが良い作品に出会ったとは考えにくい)。

尚、本作品では、時々良い台詞が出てきますよね。そういうのを拾い集めると心の糧になるような気がします。まあ、感受性の問題もありますが。

 私が一番気に入っているのは、
「人は帰る場所を探すために旅をしている。帰る場所がなかったら単なる放浪だ」みたいな台詞。政治家になりたい、沖縄の何とかハウスの人がかつきゆうたに話した台詞。歌手のさだまさし氏が同じコトを言っていました。そのときはぴんと来ませんでしたが、このときは何か心にしみました。

 そういうのを含め、いくつかは、はっとする言葉があるんですよ。私はそういうのを読み取りながら自分なりの考えに取り込んで行きたいなと考えています(ちょっと大げさですが(^^ゞ)。
by: nagayume * 2006/11/14 19:18 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、Nagayumeさん、おはようございます。早速のコメントありがとうございました。

>太宰の作品は、何というか、すごく自分を削って書いていたような感じがしてた。
桐野さんの作品は、観察して、書いてる感じがする…かなぁ。

言われてみれば、そらさんの仰るとおりと思いました。心の支えになったか、ならなかったか、の差異はこのあたりにあると思います。次に出てくる疑問は何故「自分を削って書いていたような」太宰文学が心の支えになったかの心理的メカニズムです。
昔、友人たちは太宰に共感し愛読した友人たちと太宰を批判し非難した友人たちに分かれました。その後、共感した友人たちは比較的に平穏健全な人生を送っています。ところが批判していた友人のなかには40歳ころ自殺してしまった者もあります。その他すでに他界した人が多い。この事例だけで結論を下すことは危険ですが、人間の心の不思議さ奥深さを考えさせられる記憶です。

Nagayumeさんのご見解

>破滅型の人間の生活というのは、人間、誰しもあこがれるし、興味もあります。また、そこには強烈な個性と生命力が感じられるものもあり、そういう部分が読み継がれた一因なのではないかと思うのです。

愚老も太宰を読んだのはだいぶ昔のことでした。当時を思うと友人たちは自分と重ねて読んでいたと思います。太宰に共感した友人たちは、どちらかと言うと、みな内面に弱さと悩みを抱えていました。その友人たちは太宰に自分を理解してくれる友人を発見し、自分と同じ境遇あるいは同じ心境の友人を発見したのではなかったかと推測します。

>作者の言いたいことは家庭環境の問題だと訴えたいのではないでしょうか。仮に良い作品に出会っていたとしても、家庭環境の要因があまりにマイナス過ぎて、かき消すような気がします。どちらかというと、良い作品、友達、そして家庭、そういった全てのところから、どのように人生観が培われたのか?とした方が自然の様に思えますがいかがでしょうか(妹はなんだかんだで自分の道を選んでますからね。妹だけが良い作品に出会ったとは考えにくい)。

たしかに物語作品だけでなく、良い先生、良い友との出会いで新しい人生が開けた、という回想も聞きます。仰るとおりです。
家庭環境の問題は生まれてくる子供に選択の余地なく、つらい問題です。特に最近の親子関係の悲劇は悲しい。妹については愚老は否定的に見ているし、作者も好意とか同情を持って描いていないように思います。

>人は帰る場所を探すために旅をしている。帰る場所がなかったら単なる放浪だ

帰る場所は具体的な地理的場所、自宅あるいは出身地としての故郷ではなく、心の帰る場所として誰もが求めていると思います。しかし、究極的な帰る場所が分からないまま時々途上の場所で一息ついて休んでいるのが我々の姿なのではないでしょうか。

熱心なコメントありがとうございました。遠い昔の、小説や映画の合評会を思い出しました。当時、愚老は友人たちの鋭い批評や卓見に感心するばかりで何も言えませんでした。
by: たなか・さとひろ * 2006/11/15 08:49 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

nagayumeさん、こんばんはっ♪
助け船、ありがとでした~\(^o^)/
私のひじょ~に感覚的な印象より、ずっと論理的。
さすがっv-218

>ただ、これは、本作品が悪いという意味ではありません。作品の意図や思いが、太宰文学と違うからです
私もそういう気がします。
というか、私自身、どんな作品でも、ほかの作品と比べてみたりとか、あんまりしたくないな~と思っているところもあるかも。
それぞれの世界でいいじゃないって、どこかで思っているのかなぁ。意識したことはないけれど。

それだけに、さとひろさんの作品論的な視野ってすごく新鮮でもあるし、ちょっと興味深くて、自分でもう~んと考えてみるんだけどね。
やっぱり付け焼き刃です(^^;)

>そういうのを含め、いくつかは、はっとする言葉があるんですよ。私はそういうのを読み取りながら自分なりの考えに取り込んで行きたいなと考えています

にゃるほどね~。
私は、自身が自殺防止のボランティアを5年くらい続けていることもあって、「自殺に至った心理的過程」に関心があるから、読み続けている部分が大きいかも。
人それぞれ作品に対する思いって違うけど、読んでる途中でそんな話ができることもなかなかないよね。
何だか、すごくおもしろいな~と思ってます。
『メタボラ』の覚書なんて酔狂なことを始めてよかったかも♪(*^_^*)
by: そら * 2006/11/15 21:54 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、こんばんはっ♪
私の付け焼き刃コメントにお返事くださって、
どうもありがとです(*^_^*)

>小説や映画の合評会
おぉ~、なんかとっても難しそうだ(*^_^*)
私、もしかしてそんなところに間違って出たら、やっぱり何も言えそうにないなぁ。というか、ほかの人が何話してるのか、さっぱり分からないかも(^^;)

太宰作品が人の心の支えになったのはなぜかというお話。
私、中島みゆきの歌を思い出してました。
今は応援歌みたいな歌とか、地球規模の歌をよく歌っているみたいだけど、昔は失恋の歌、とっても暗い歌が多かった。
落ち込んだときには、明るい歌を聴くと、自分だけ取り残されたように感じてしまう。
だけど、めちゃくちゃ暗い歌を聴くと、落ちるだけ落ちて、あとは浮上するしかなくなる。
なので、中島みゆきの歌は、落ち込んだときに聴くと、不思議と何となく、ま、いいかって気になってくる。
そんな話。
ただ落ち込んでいるという状態のときと、死ぬか生きるかのときとでは、また違うんだと思うし、
太宰作品と中島みゆきと一緒にしていいのかどうか、ちょっと分からないんだけど、
なんか思い出したのでした。
人の心は奥深くて不可思議で、だから1つのことだけで何かが決まるわけではないと思うけれど。

>太宰に自分を理解してくれる友人を発見し、自分と同じ境遇あるいは同じ心境の友人を発見したのではなかったかと
そうやって、「だれかとつながっている」感覚を、小説の中に見出せたら、小説家冥利に尽きるだろうな~。
なんか、そんなことも思ったのでした。


by: そら * 2006/11/15 23:48 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、おはようございます。

>私は、自身が自殺防止のボランティアを5年くらい続けていることもあって・・・

おお、そうでしたか。コメントを拝見していて、そらさんは常人に非ず、と見当をつけていました。やはり、そうでした。御活躍をお祈りします。
実は、愚老の身近に自殺者と自殺未遂者がいます。彼らに対して愚老はなにも出来ませんでした。予知も出来ませんでした。あの時、なにか言葉をかけてあげれば良かったか、と今頃になって悔やむばかりです。

Nagayumeさん、おはようございます。コメントありがとうございました。

>良い作品、友達、そして家庭、そういった全てのところから、どのように人生観が培われたのか?とした方が自然の様に思えます。

ご指摘のとおりです。Nagayumeさんに異論、反論のつもりではありませんが補足として愚考を述べさせていただきます。

物語作品は個人が比較的自由に取捨選択出来る範囲内のもの、一方、良い師友は偶然の幸運によるところが大きく選択の範囲に入り難い。家庭に至っては全く選択の余地がありません。
その意味で物語作品は人がもの心がつく頃から人生観を形成するための自主的選択の範囲に入ってくる大事なものではないでしょうか。愚老はキリスト教徒ではありませんが、キリスト教徒の友人が常に『聖書』を座右に置いて生き方の指針と支えにしていたことを思い出します。また、太平洋戦時中、学徒動員の先輩たちが戦地に携行した書物のトップスリーは『聖書』、『歎異抄』、『葉隠れ』であった、と記憶しています。
by: たなか・さとひろ * 2006/11/16 08:26 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、こんばんはっ♪
いつもどうもありがと~\(^o^)/
えっと…私は、そんなにエラいことをしてるわけじゃないのよ(^_^;)
ただ、電話でお話を聞くだけのボランティアです。
何もできないなぁと悲しくなったり、
だけどここまでしかできないよぉと言い訳したり、
ま、そんな感じです(*^_^*)
>予知も出来ませんでした
さとひろさん、それで自分を責めてしまったのね。
自殺って、そうやって周りの人に悔いの残る、とっても悲しいお別れの仕方です。。。。

『聖書』『歎異抄』…私も信仰を持たないけれど、もしかしたら、人間、信仰を持っていた方が気持ちを保っていられることがあるんじゃないかと思うことがあります。
ときどき、信仰を持った友人を羨ましく思うこともあります。
だけど、やっぱり「宗教」を信じられない私は、漠然と「大きな力」について思うだけなんだけどね(*^_^*)
by: そら * 2006/11/16 19:42 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなかさとひろ様
乗りかけた船なので、少しずつ私なりの見解を書きます。
#文章を書くというのは、エネルギーが必要なので、
#すぐに返信できないご無礼をお許しください。

>昔、友人たちは太宰に共感し愛読した友人たちと太宰を批判し>非難した友人たちに分かれました。その後、共感した友人たち>は比較的に平穏健全な人生を送っています。ところが批判して>いた友人のなかには40歳ころ自殺してしまった者もあります。

このエピソード、なかなか印象深かったです。私は、共感と非難は紙一重ではないかと思うのです。特に、非難、批判というのは、彼の作品に過敏に反応したことにより発生したと思われます。

 本当に興味がなければ、非難ではなく、鼻で笑って終わっているでしょう。つまり、非難した人の中には、何か心の中に響くものがあったのではと感じます。

うまく表現できませんが、まあ、そんな感じです(なんてアバウトな)(^^ゞ

>その意味で物語作品は人がもの心がつく頃から人生観を
>形成するための自主的選択の範囲に入ってくる
>大事なものではないでしょうか

おっしゃることは、十分理解できますし、その通りかもしれません。ただし、私には若干違和感があります。

というのは、物心がつくまでに、自主的選択が出来るとは思えません。これこそ、家庭環境に依存することになるでしょう。まして、宗教については、子どもが自分で選ぶなんてことはありえません。

私にも、人生観の基礎となる様な本、歌、そういうものがあります。確かに比較的自主的選択は可能ですが、これらは自分で選んだのではなく、友人に勧められたなど、周りの影響が必ずありました。

作品が人生に与える影響の大きさについて認めることはやぶさかではありませんが、どうしても、これを強調することに違和感が残ります。



by: nagayume * 2006/11/18 23:26 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

…と書きましたが、持論にも違和感があります。

たなか・さとひろさんと私の考え方の違いは、「作品が人生に影響を与える時期はどこか?」というところの様に思えます。

#厳密には、「どの時期でも影響を与えるが、その影響度が大きい時期はどこか?」でしょうか。

私は、その時期を中学生以降、思春期以降だと考えています。たなか・さとひろさんのご意見も、そのように思えるのですが、最初の文章では、「子どもの頃によい作品に出会わなかったことが原因ではないか」という文章があったため、私の中に引っかかりを覚えました。

子どもの頃に、教育上良い作品を見せる。これは大変大事なことです。ここで感受性がなければ、後々、良い作品を見たって何も感じないでしょうから。

 でも、この作品から読み取れるエピソードを見る限り、彼の考えは小学校の時に形成された様には見えないんですね。まあ、あくまでも私の意見でございます。

一つ分からない点は、
>妹については愚老は否定的に見ているし、
>作者も好意とか同情を持って描いていないように思います。

作者も好意とか同情を持って描いていないように思える理由が分かりません。私は、そのように読み取れなかったんですよ。そこは、感性の違いだと思うので、どの辺で感じたのかが興味あるところです。

あと、どうしてたなか・さとひろさんが、否定的に見ているのでしょうか?お時間があれば教えていただければ幸いです。








by: nagayume * 2006/11/18 23:48 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

Nagayumeさん、ご意見ありがとうございます。

太宰に共感し愛読した友人たちと太宰を批判、非難した友人たちの差異。
愚老の観察するところでは、太宰に共感した友人たちは内面に弱さと悩みを抱えていました。その悩みを、限られた友人に打ち明けていました。一方、太宰を批判した友人たちは強気の人たちでした。もちろん彼等とて悩みがなかったわけではありませんでしたが、それを表面化すること、自覚化することは極力おさえていました。これらの差が太宰の受け取り方の差になった、と愚老は理解しています。

物語作品の自主的選択について。
>物心がつくまでに、自主的選択が出来るとは思えません。これこそ、家庭環境に依存することになるでしょう。
Nagayumeさんの仰るとおりです。もし愚老がこれに反することを言ったならば訂正させていただきます。

「子どもの頃によい作品に出会わなかったことが原因ではないか」について
少年文化というものの時代の変化と影響に注意したいのです。昔の少年たちに読まれていた多くの講談本に真田十勇士、猿飛佐助、後藤又兵衛などの英雄物語がありました。この主人公の豪傑たちは最後はすべて敗者となるのです。この様な物語によって自分の利益を度外視した正義、勇気、強さというものを知らず知らずのうちに教えられていた、と思います。決して国定教科書の修身で教えられる徳目ではなかった、と思います。
児童心理学者は少年時代に出会う物語をどう評価しているのか聞いてみたいところです。

>人生観の基礎となる様な本、歌、そういうものがあります。確かに比較的自主的選択は可能ですが、これらは自分で選んだのではなく、友人に勧められたなど、周りの影響が必ずありました。
Nagayumeさんの仰るとおりです。白状すれば、愚老も友人たちが読んでいるので仲間はずれにされないために一生懸命追っかけて読んでいた、というお恥ずかしい状態でした。
そのなかで人生観の基礎となる本は、やはり先生の影響でした。その本を自分の指針とするかしないかの最後の決定は自分の自主的選択決定にあり、決して他から強制されてはならないものと思っていますし、当時の先生も教え子に強制はしませんでした。

>「どの時期でも(作品が人生に)影響を与えるが、その影響度が大きい時期はどこか?」。私は、その時期を中学生以降、思春期以降だと考えています。
愚老もNagayumeさんのご意見に賛成です。ただし、愚老の場合は、老年期に入ってから大きい影響を与えた作品、というより論説に出会いました、少数例でしょうが。人間いつ何に出会うかわかりません、希望と期待を持って生きましょう!

妹について愚老が否定的に見ている理由。
フィクションに出てくる人物、しかも脇役についてムキになった愚老がお恥ずかしいですが、言えば、家族危機に際して兄妹愛が妹にないことです。兄は妹が高校卒業するまでサポートしました。ところが妹は高校を卒業すると兄にお礼も言わず、兄を残してさっさと海外へ去ってしまいました。もしこういうのが現代の兄妹間系の常識とすればおおいに異義を申したいのです。

Nagayumeさん、どうもありがとうございました。五、六十年昔の学生時代の友人たちとの議論を思い出しました。当時、愚老は友人たちに負けてばかりいました。その口惜しさは今でも覚えています。しかしその友人たちはすべて鬼籍に入り、今ではなつかしい思い出でもあります。

by: たなか・さとひろ * 2006/11/19 09:17 * URL [ *編集] * page top↑
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たなか・さとひろ様

真摯なご返信、誠にありがとうございました。一言日尾とコトに心がこもっているのがよく分かります。

一つ一つ、返信するのは時間がかかりますので、少しずつ書いていきたいと思います。

>ただし、愚老の場合は、老年期に入ってから大きい
>影響を与えた作品、というより論説に出会いました、
ええ、ここは私の書き方(伝え方)が悪かった様です。
私が書いた「思春期以降」の「以降」という表現に、現在、つまり、中年期、老年期を含めた全ての世代という概念を入れているつもりでした。なので、ここは、たなか・さとひろ様の仰るとおりだと、私も思います。

 逆に言うと、人間はいつでも、そういった作品を受け入れるための感受性を失わないようにしたいものですね。

>兄妹愛が妹にないことです
 なるほど、その様にお感じになったのですね。でも、私は兄妹愛がない様には見受けられませんでした。これは、「どう感じたか」というだけの問題なので正解はないでしょう。

 私は、主人公と一番つながっているのは、妹の様に思えて仕方がなかったし、主人公を一番心配しているのも妹の様に感じました。「どこで?」と言われると困るのですが、そう感じたんですよ。

 それから、私は妹については、否定的にはみておりません。逆に肯定的に見ています。

 あの状況において、考えられることは、
・自分のやりたいことに突っ走る
・絶望する

位だと思うのですね(極論です。実際はまだまだあるでしょう)。
本作品は、兄は後者、妹は前者にして、行動を対比させていると思うのです。私は、前者を選びたいと考えているので、妹の行動に感服しました。

ちなみに、私なら、実際にどうしていたかを想像すると、きっと兄と同じ様なところで働いて(アメリカへ行くなどという雄大な構想はない)お金を貯めようと思います。ただし、そこからは、兄と同じコースまっしぐら…ではなく、こつこつ働く様な気がします。そんなタイプですね(^^ゞ
by: nagayume * 2006/11/19 11:20 * URL [ *編集] * page top↑
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Nagayumeさん、早速のコメントありがとうございました。

>真摯なご返信、誠にありがとうございました。一言日尾とコトに心がこもっているのがよく分かります。
Nagayumeさんにこんなことを思わせてしまった愚老はかなりの偽善者です、人様をうまくだまし、全く内心忸怩たる思いです。

>それから、私は妹については、否定的にはみておりません。逆に肯定的に見ています。

 あの状況において、考えられることは、
・自分のやりたいことに突っ走る
・絶望する

位だと思うのですね(極論です。実際はまだまだあるでしょう)。
本作品は、兄は後者、妹は前者にして、行動を対比させていると思うのです。私は、前者を選びたいと考えているので、妹の行動に感服しました。

Nagayumeさんとほぼ同様のご意見をそらさん、姫さんもお持ちだったと記憶しています。多勢に無勢・・・すると愚老の兄妹観、家族観が今の時代と社会からずれていることでしょうか。意外でした。この点、愚老の検討課題とさせていただきます。

by: たなか・さとひろ * 2006/11/19 14:07 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

>すると愚老の兄妹観、家族観が今の時代と
>社会からずれていることでしょうか

ではなく、あくまでも「解釈のずれ」だと考えます。

たなか・さとひろさんの文章を引用します。

>ところが妹は高校を卒業すると兄にお礼も言わず、
>兄を残してさっさと海外へ去ってしまいました。

この部分です。たなか・さとひろさんは、作品を読んで、行間のエピソードを、このようにお感じになった。

 これに対して、私は、妹は兄に感謝していたと思っているし、(メールかも知れませんが)お礼を言っていると感じたのです。なんかね、兄と妹はつながりがあるように思えるのですよ。

 もし、私が、たなか・さとひろさんの様に、行間を感じたのであれば、全く同じ感想を持ちます。なので、私は、家族観とかではなく、単なる解釈の問題ではないかと感じました。

#さすがに新聞小説ですから、実際に明記されたエピソード(お礼を言ってないとか)があるかも知れませんが、それは忘れました。もし、そのような記述があれば、私の記憶間違いによって深いな思いをさせたということです。その場合は謹んで陳謝させていただきますね。

by: nagayume * 2006/11/19 15:19 * URL [ *編集] * page top↑
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nagayumeさん、たなか・さとひろさん、こんにちはっ♪
おぉ~!私がのんきに息子の試合の応援をしている間に、随分と中身の濃いお話をされていたのね♪
お2人とも、ありがとです\(^o^)/

こういうネット上での議論は、えてして「けんか腰」になりやすく、相手を傷つけやすいものですが、
お互いにお互いを思いやりながらの意見交換に、
ありがたく、うれしく、ちょっと幸せになりました(*^_^*)

nagayumeさん、さとひろさん、これからも、感じたことがあったら、どんどん意見交換してくださいね。
なんか、私の稚拙なブログがどんどん高尚になっていく感じがします(*^_^*)
どこに転がっていくか分からない話の展開に、ちょっとワクワクします♪

これからもヨロシクです♪
by: そら * 2006/11/20 12:38 * URL [ *編集] * page top↑
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