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「メタボラ」346~364覚書
2006 / 12 / 06 ( Wed ) 16:15:06
雄太ことギンジ、記憶を取り戻して、安楽ハウスでのお話に戻ります。
安楽ハウスでの出来事は随分前の連載だったから(香月雄太の回想が長かった。。。)大分忘れてしまっています。
同じく忘れた人はここここ
だけど、ギンジが小沢に何したか、書いてないから分からないぞっと(^^;)
リンコやフウヤン、小沢と釜田の出演するテレビ討論会を見ていた夜から話が始まります。
釜田がテレビで、安楽ハウスにはネット自殺の生き残りがいると言ってしまってからのお話です。

今の僕自身が、香月雄太なのか、磯村ギンジなのか、わからなかった。

雄太の携帯を開け、登録された人の名前を見る僕。

どいつもこいつも、嫌なヤツばかりだった。吝嗇、無知、不潔、意地悪、狡猾、怠惰。一人ひとりの顔と不快さを一致させていた僕は、香月雄太の暗い記憶が、磯村ギンジを覆っていくのを感じて声を上げた。

ギンジの方がずっと好きだ。

やめればいいのに、僕は母親に電話しました。
が、何も言わずに電話を切り、香月雄太の携帯をガープ川に投げ捨てたのでした。

安楽ハウスに向かって歩き出す僕の前を釜田がとぼとぼと歩いています。

釜田は、ついギンジのことをテレビで口走ってしまったことを謝ります。
凄いヤツがいると自慢したかったのかもしれないと言う釜田に、僕は、
「死ぬのにもエネルギーが要るんですよ。それが出ないんで、集団のエネルギーに頼りたくなったんでしょう」と、自分でも思いがけない言葉が飛び出します。

安楽ハウスの前に、香織さんが立っています。
香織さんは、安楽ハウスのスタッフをバカにしたような発言をした釜田に、みんなに謝るように言います。

僕は、記憶を取り戻した、と二人には打ち明けたくなかった。

安楽ハウスの中では、フウヤンがリンコが怒っていることを僕に伝えてくれました。
「釜田さんが『発展途上の人ばかり』とか言ったから、プライドが傷ついたんだよ」
との話に、ちっちゃいプライドだと思う僕。
けれども、
あっ、と思った。…僕が人一倍傷つくのは、きっと僕のプライドが人より高いせいなのだ。
と気づくのでした。

仕事の一環であるメールチェックを始めた僕。
柏崎の航空写真を眺めます。
突然、大事にしていたノートパソコンを踏みつぶしたときの足の感触が蘇ります。自殺行の前に過去を抹消するために踏みつぶしたパソコン。

父は死ぬときにすべてを残して、まるでほんの思いつきのように死んだ。…僕は父にできなかったことをして、父を超えようとしたのだろうか。しかし、生きてきた自分の証をすべて消し去ってまで死を願うことは、本当に恐ろしい。僕は、足裏での蹂躙の記憶におののいている。

香織さんが入ってきます。
釜田の発言と、それからギンジがネット自殺の生き残りだったと釜田から聞いて知っていたことの両方を僕に謝る香織さん。

その上で、警察やマスコミが来るかもしれない、迷惑をかけてごめんねと言う香織さん。

「でも、あたしたちはできる限り、ギンちゃんを守るからね。信じて。守るからね」
と言う香織さんに、僕はしらけた思いと、今までの親切に対する感謝の思いの両方を味わいます。

警察やマスコミには黙っていてほしいと頼む僕に対して、
「でもね、嫌なことはみんなで何とかして乗り越えましょうよ」と言い、
ギンジの体験を皆の前で話そうと提案します。

断る僕。

僕のことを何も知らずに、ワークショップだの、人前で体験を話せ、と言う香織さんの方が、死を弄んでいるように感じられてならなかった。

香織さんは、事故で両親を亡くしたとき、心中じゃないかと疑われ、それで自殺を企てる人に対してきつい面があるかもしれないと言います。
「でも、生き残ったんだから、あなたにはそのことを人に話して、同じ道をたどる人が出ないようにするのも役目じゃない。違うかな」

香織さんは正しいと僕は思った。が、正しいけれども、と僕は続けたいのだ。

僕は小沢に、明日イズムが安楽ハウス来るということを聞きます。

最終章 ズミズミ、上等 2

僕はおびただしい寝汗をかいて起きます。
カーテンのすき間から、朝陽が部屋に射し込んできた。新しい一日が始まろうとしている。雄太を内包したギンジの新たな日が。そう思った時、突然、全能感とも呼べるような強い感情が湧き上がってきた。僕は、何でもできるような気がした。生き抜いた喜びだろうか、それとも他人にはできない経験をしてきた優越感なのか。多分、長い旅がやっと完了した達成感に近かったと思う。…積極的な良い気分だったのだ。強烈な自信、と言い換えてもよかった。しかも、人格も巨大化した気がした。僕は初めてリンコを可愛いと思い、釜田を赦し、香織さんに寛容になっていた。

釜田と2人、話している僕。
釜田は、警察が来ても、前にそういう男がいたけどもういないと言うと請け合ってくれました。

釜田は、夕方来るイズムとの話し合いに出席して、書記をしてくれと僕に頼みます。
リンコがやって来たので、釜田はあわてて去っていきます。

ネット自殺者はギンジのことではないかと直截に聞くリンコ。
どうして死のうとしたのかを聞くリンコに、
「うまく説明できないから、できるように考えておくよ」
と答えます。

安楽ハウスが変わってしまったことを嘆くリンコに、僕は変わらないものなんてないと反論します。
愛情は変質する。家族は消滅する。人は死んでいく。そらも生みも毎日違い、この世に絶対変わらないものなんてない。
何より、僕自身が日々変わっていった。


ついでのように、リンコは
あたし、ギンちゃん、好みなんだけど、つき合う気ない?
と突然告白します。
僕も思いきって告白することにした。
「あのさ、俺、リンコにだけ言うけど、どうもゲイらしいんだよ。女に興味ないんだ」


ゲイだってキスぐらいできるだろうと迫るリンコと唇を合わせながら、不意にケンのことを思い出す僕。

ケンもきっとただ僕の欲望に感応しただけだったのだろうと思うのでした。

イズムが来ます。
イズムは僕を覚えていました。

イズムは釜田に、県知事選はどちらを応援してるのかと聞いてきます。
選挙を視野に入れて活動を展開している釜田にとって、いきなりのストレートボールです。
基地撤廃、基地新設に反対している宮城さんを応援していると答える釜田。

イズムは、沖縄はすぐに政治的になるところがだめだと言います。何かを主張したいのなら経済的に自立してから言えよという気もあると言います。

イズムと釜田、またテレビ討論会のような議論が白熱しそうな雰囲気です。

~ここまで~
雄太の言う全能感。何だか温かいものを感じます。生きる喜び…みたいなものなのかなぁなんて思います。
どうなんだろう?
何となく物語が終わりに近づいている匂いを感じる私。


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*Comment  Thank you*
comment
  ◆◆

ありがとうございます。この最近、自分のパソコンを使うヒマがあまりないので、目を通せていないのですが、立ち上げると、メタボラが更新されている。素晴らしい(^^ゞ

 この物語、どう終わるんでしょうねえ。前向きの様なそうでない様な、全く余談を許しません。

ひとこと言えるのは、「香織さん、鬼だな」ってこと。私だったら切れますね。確実に。

そこが本質ではないのかも知れませんが、この10日間の感想は、これにつきますな。
by: nagayume * 2006/12/06 21:05 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

えーごの本はたまにしか読んでいません。

グレートギャツビー(BY村上春樹訳)がめちゃくちゃ面白い!
20代で読んだ時は全然面白いと思わなかったのに。。。
私が年を取ったせいもあるけど、村上氏の名訳のせいに違いない!
by: 一陽 * 2006/12/06 23:20 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、覚書ありがとうございました。

雄太が記憶を回復し、長くつらい回想の日が終わり、雄太はぐっすり眠ったことでしょう。翌朝

>カーテンのすき間から、朝陽が部屋に射し込んできた。新しい一日が始まろうとしている。雄太を内包したギンジの新たな日が。そう思った時、突然、全能感とも呼べるような強い感情が湧き上がってきた。

雄太は心の世界、感情の世界で再生を果たした。これが一時的感情の高揚ではないことはリンコとの会話の中で示されいる。

>愛情は変質する。家族は消滅する。人は死んでいく。そらもうみも毎日違い、この世に絶対変わらないものなんてない。
何より、僕自身が日々変わっていった。

これは雄太の理性的認識である。雄太は感情の快感に溺れることなく冷静な理性の世界を保っている。
ところで我々の常識的思考では雄太がせっかく獲得した全能感は
>この世に絶対変わらないものなんてない。
と矛盾するという問題が起こる。全能感もやがて変化し崩壊し無力感と絶望感に陥る時が来るのではないか、という不安である。

ここで愚老はこの矛盾を肯定的に決着したい。
心の世界は広大であり自由であり論理的矛盾も包容して融通無碍に働く世界であり、物理法則に従う物質世界とは異質の世界である。全能感の崩壊も容れて心は活発に活動する。
それならば人間は全能感と変化・破壊の間を常に揺れ動くだけの存在であるのか?
ここでも再び愚老は肯定的前進的に判断したい。
我々は全能感と無力感、安心と不安の間を常に動揺しつつ、しかも未来に向かって進化の道程を進むものである、と決着したい。
これは論理的に導き出される結論ではない。苦しまぎれの決着であるかもしれない。大多数の人々の冷笑と反対があっても愚老はかく決着したい。

ナイチンゲール姫さん、凄い栄養のある干し柿の「やまなし名産 あんぽ柿」を食べました。ひとつ食べたらあんまり美味いので思わず三つ食べて老胃にはだいぶ負担になりました。しかし今は平常です。
by: たなか・さとひろ * 2006/12/07 06:20 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

nagayumeさん、こんにちはっ♪
>立ち上げると、メタボラが更新されている。素晴らしい(^^ゞ
すばらしい\(^o^)/
1月、2月を控えて、nagayumeさんもお忙しいんでしょうね~。
ご自身が風邪引かないように、心ばかりの「気合いっ!!」をnagayumeさんにお送りします(*^_^*)

で、香織さん。
私は、多分呆然とその場では何も言えなくて、あとから猛烈に腹が立ちますね、きっと(←なんか、いつも反応が鈍いのだ^^;)
こういうずかずかと無神経に入ってくるタイプ、ホントいやだわ~。。。自分は正しいことを言っていると自信たっぷりなだけに、始末に負えない。
だけど、いるんですよねぇ~(-_-)
せめて、自分だけはそうならないように気をつけたいと思います、ハイ。
by: そら * 2006/12/07 16:06 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

一陽ちゃん、こんにちはっ♪
『グレートギャツビー』って、有名な本なの?
村上春樹が新訳を出したことで、紹介記事をあちこちで読みました。
そっか~、やっぱり有名な本なのかぁと思った、
もの知らずな私(^^;)
めちゃくちゃ面白いんだ。どんなのかなぁ。
読み終わったら、ちょこっとだけ教えてねっ☆
by: そら * 2006/12/07 16:11 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、こんにちはっ♪
さとひろさんのコメント、なんか私には難しくって(^^;)
さとひろさんの言わんとしていることを正確に読み取れてるかどうか、すご~く自信ないんだけど。。。。

雄太の言う「全能感」。
>雄太は心の世界、感情の世界で再生を果たした。
そういうことなのかなぁと思います。
再生、というのかどうか分からないけど、
世の中を温かいものと感じられる、プラスのエネルギーが出てきたのかなぁと。
これってすごく大事だけど、確かにいつもいつもそんなふうに気分良く過ごせはしないよね。
だけど私も、雄太の感じた「全能感」を心のどこかに据えて、
生きていってほしいな~と思います。
それは、さとひろさんおっしゃる
>安心と不安の間を常に動揺しつつ、しかも未来に向かって進化の道程を進むものである、と決着したい。
と同じことなのかなぁと思います。

実は私、「全能感」という言葉や「人格が巨大化した」という言葉、ピンとこない部分もあるんです。
優越感とか達成感とか、どこか違うんじゃないかなぁなんてね。
なんか、そういうときに感じる強い感覚って、もっと違うものなんじゃないかなぁなんてね。
…うまく言えないのがすごくもどかしいのですが。。。(^^;)

今年の冬はウィルス性胃腸炎(ノロウィルス)が大流行の兆しなんですって。
かかったらとても苦しいので、ホント、ご自愛くださいね~。
かきはかきでも、生ガキはやめておいてくださいねっ☆
(生牡蠣が原因ということもあるんだとか。まぁ、触らぬ神に祟りなしということで^^;)
by: そら * 2006/12/07 16:43 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、いつもご丁寧なフオローをありがとうございます。

>雄太の言う「全能感」。
>これってすごく大事だけど、確かにいつもいつもそんなふうに気分良く過ごせはしないよね。
>実は私、「全能感」という言葉や「人格が巨大化した」という言葉、ピンとこない部分もあるんです。
優越感とか達成感とか、どこか違うんじゃないかなぁなんてね。
なんか、そういうときに感じる強い感覚って、もっと違うものなんじゃないかなぁなんてね

恐れ入りました。そらさんのご指摘はいつも鋭く、大事なところを衝いています。
愚老の思う全能感は、どんな敵が現れても負けない、勝つ事が出来る、という意味の全能感ではありません。自分より強い敵が現れたら逃げる、降参する、負けて敗北しても可なり、という柔軟心の全能感です。どんな状況に直面しても対処していく、という全能感です。その意味では「全能感」とか「人格が巨大化した」と言う言葉は適切ではないと思います。
このあたり、作者桐野氏に聞いてみたいところでもあります。「桐野さんは全能感をどのようにお考えなのですか?」と。

今、雄太に即して伺うに、
>あっ、と思った。…僕が人一倍傷つくのは、きっと僕のプライドが人より高いせいなのだ。
雄太は自分の闇黒面に気がつくようになっています。自分の闇黒面に直面して動ずることなく冷静に自己の闇黒をそれと認知することは自己が成長しなければ出来ないことです。その意味では「人格が大きくなった」、と言えると思います。
その前に既に記憶の底に閉じ込めていた過去のつらい体験を想起した時に既に雄太の成長が始まっていたのでした。
全能感、優越感、人格の巨大化、などの言葉とは逆に自己の卑小さ、低劣さ、闇の深さ、を認知することが雄太のみならず、すべての人間の再生ではないか、と思うんであります。

愚老の健康まで御心配頂き、ありがとうございます。ファミレスに牡蠣鍋の広告が出ているのでいつか食べに行こうかと思っているのですが、生牡蠣でなければ安心ですね。
by: たなか・さとひろ * 2006/12/07 21:31 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

ちょっとだけコメント。

>全能感
私は、この言葉、生まれて初めて耳にしました。何なのか、イマイチよく分からないけど、「まあ、いいか」と流しました(^^ゞ


>人格の巨大化
これも同様に、初めて聞いた表現です。
私は、「人間としての器が大きくなった」と読み替えました。
そっちの方がぴんと来る様な気がします。


器が大きくなり、良い意味で一つ上のところから、自分、世の中を見ることが出来るようになったんじゃないでしょうか。

そらさんの、
>優越感とか達成感とか、どこか違うんじゃないかなぁなんてね。
文章を読み返すと、「優越感ではなく、達成感がわき上がっていた」と読み取れるので、前者は明らかに違います。

達成感というのは、何となく分かります。これは、フィーリングの問題で、言葉には出来ないのですが、分かります。
何だろうなあ、「自信」なのかな。「何かをやった」「乗り越えた」という達成感みたいなのがあり、自信が生まれ、その結果、「器が大きくなった気がした」という感じかな。

たなか・さとひろさん
>「世の中に変質しないものはない」と「せっかく獲得した全能感」が矛盾するか?

>ここで愚老はこの矛盾を肯定的に決着したい。
 ここに、何か大きな違和感があり、それが何なのか考え込みました。結局私が考えたことは、「たなか・さとひろさんの方が、より深く感情移入している」ということなんでしょうね。だから、この部分に引っかかったのでしょう。

 この部分、私は矛盾を感じなかったし、始めから肯定的にしか考えていませんでした。なぜか?

 万物は流転します。人間も家族もしかり。なので、「全能感も無くなるかも知れない」これは正論です。但し、この部分の下りは、作品上「本人の考え」なんですね。本人は、器が大きくなったと自覚している。同時に、大きくなった部分が再び小さくなることはないという「揺るぎない自信」も同時にうまれました。だから、本人の中では、「全能感がなくなる」という可能性はゼロなんです。なので、「まあ、本人がそう思っているんだったらそれでいいかぁ。まあ、頑張ってね」と私は、ある意味、「人ごと」として捉えたため、特に矛盾は感じませんでした。

いろいろ考えていくと、結局のところ、キーワードは「自信」なのかと思うようになってきました。本人に自信がなければ、たなか・さとひろさんの仰るところの「矛盾」を抱えることになり、結局行ったり来たりすることになるでしょうね。作者の意図としては、彼はそこを乗り越えたので矛盾は生じないと考えているのではないでしょうか。

#これが最終章じゃなかったら、話は別ですが(^^ゞ

>自己の卑小さ、低劣さ、闇の深さ、を認知することが
>雄太のみならず、すべての人間の再生ではないか、
>と思うんであります。

これは、その通りです。これを自己分析して、
どのように進んでいくのか前向きに考えることから
人間は成長していくと思います。

 それが出来なければ、難しいでしょうね。




  
by: nagayume * 2006/12/08 11:54 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、nagayumeさん、こんにちはっ♪
nagayumeさん、国語の時間みたいだぁo(^▽^)o
そうなのか。優越感は違うのか(^^;)

んで、全能感。私、これに違和感があったのは、全能=神を連想したからだと思うんだ。
nagayumeさんが解説してくださった気持ちを雄太は感じたんだと私も思った。
でも、それを「全能感」と言い表すところに、何というか背中がむずがゆいような居心地の悪さを感じたと。
私も、作者がこの言葉にどういうイメージを持っているのか、
ちょっと聞いてみたい気もします。

>キーワードは「自信」
そうだね。自信、自尊、自分に対する肯定感。そして周りの人を受け入れられる気持ち。
そういうものを心のどこかに持てたことが、
雄太を少し生きやすくしたんじゃないかなぁと思います。
これが、ひと頃言われた、「生きる力」ってやつなのかもね。
まぁ、そういう意味で、
>雄太の感じた「全能感」を心のどこかに据えて、
生きていってほしいな~と思います。
と思うのです(^^)

>自己の卑小さ、低劣さ、闇の深さ、を認知することが雄太のみならず、すべての人間の再生ではないか、と思うんであります。

そこから絶望へ走るのではなく、それをもまた受け入れられるようになる…というのが、「人格の巨大化」ってもんなのかもしれませんね。

さとひろさん、牡蠣鍋、おいしそうだ(*^_^*)
いいなぁ、牡蠣鍋。今度、長女がいないとき(長女は牡蠣が食べられないの)夕飯にしようかな。
あ、牡蠣は熱を加えれば大丈夫…とテレビで言っていましたよ。
なんかこれ、ただの食中毒じゃんと思った私。
ま、牡蠣の食中毒もウィルス性胃腸炎も、原因は同じ、ということかもしれません。(その辺はよく聞いてませんでした^^;)
by: そら * 2006/12/08 13:19 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

nagayumeさん綿密なコメントありがとうございます。

>達成感というのは、何となく分かります。・・・
>何だろうなあ、「自信」なのかな。「何かをやった」「乗り越えた」という達成感みたいなのがあり、自信が生まれ、その結果、「器が大きくなった気がした」という感じかな。

万能感は我々は日常滅多に経験することが出来ない感覚ですが達成感は日常しばしば経験します。小さな日常の達成感の積み重ねで我々の自信というものが出来上がってくるのでしょう。

>・・・作品上「本人の考え」なんですね。本人は、器が大きくなったと自覚している。同時に、大きくなった部分が再び小さくなることはないという「揺るぎない自信」も同時にうまれました。だから、本人の中では、「全能感がなくなる」という可能性はゼロなんです。

そこでNagayumeさんの仰るとおり

>「まあ、本人がそう思っているんだったらそれでいいかぁ。まあ、頑張ってね」

でおさめてもよいかと思います。が、愚老の貧しい経験では「自信」というのは諸刃の刃なのです。自信がやがて全能感に肥大化してやがて破綻に直面することになることはしばしば経験しました。これは愚老一人のみならず多くの友人同僚にも見られたことです。やはり前の問題に戻ると思います。我々は自信と自信喪失の間を揺れ動く不安定な存在、不安を内に抱いた存在であるけれど未来に向かって進化的に歩む者である、と決着したいのです。これは苦し紛れの決着でありましょう。しかし他の決着の仕方は現在、考えられないのです。

我々の未来には生物にとって避けられない死という難関が立ちはだかっています。加えて親しい家族などとの別れも避けられません。難問は次々に出て愚老は進化どころか、闇え、闇え、という未来も見えるのです。

すこし先急ぎしてしまいました。

メタボラは現代社会の闇の部分を切り取り、我々に問題を提起してくれました。家庭内暴力、家族崩壊、リストラ、現代社会の雇用関係、自殺死、これは現代的課題であるばかりでなく人間永遠の課題にもつながっています。ところが愚老はこれらの問題に茫然自失した状態でなんらの解決の端緒も見つけられないのです。
by: たなか・さとひろ * 2006/12/09 09:39 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、コメントありがとうございます。
>万能感は我々は日常滅多に経験することが出来ない感覚
あ、万能感かあ。これだったら、何となくフィーリングが伝わります。
全能感よりも、この言葉の方が良いかもしれませんね。

>小さな日常の達成感の積み重ねで我々の自信というものが
>出来上がってくるのでしょう。
おっしゃる通りです。でも、達成感は積み重ねですが、自覚は階段状だと思うのです。ある日、気がついたら自分がそれだけのことが出来ていたと自覚するというか何というか。

 たなかさんのいうところとちょっと違うのですが、将棋とか勉強とかって、直線的にのびるんじゃなくて、日頃の積み重ねを重ねた後、ある日突然のびるというか、そんな感じもあるのかなと思いました。

#だんだん何を言ってるか分からなくなってきました(^^ゞ

>愚老の貧しい経験では「自信」というのは諸刃の刃なのです。
それは分かります。私も同感です。

>我々は自信と自信喪失の間を揺れ動く不安定な存在、
>不安を内に抱いた存在であるけれど未来に向かって進化的に
>歩む者である、と決着したいのです。
>これは苦し紛れの決着でありましょう。

どうしても分からないのが、これがなぜ「苦し紛れの決着」なんでしょうか?
私が、たなかさんのコメントにからみついたのは、多分ここなんだと思います。

私は、上記意見に対して、全く同感の意見なのです。それが人間だと常に思っています。人間はそのように進むものであり、その努力や成長というのが何より尊いのだと思うんですよ。だから、人間の物語に感動するのです。また、そうじゃないと人間は成長しないと思うんですね。なので、苦し紛れという感覚が無い。私が若輩者で人生を分かっていない可能性については否定しません。

 たなかさんも、おそらく同じ感覚でいらっしゃるんだけど、「もっと理想的なものがないのか?」と思われているのでしょう。それが何なのかを知りたく存じます。そうすると私の人生も深くなるかもしれない。

もう一つ、あくまでもこれは「メタボラ」なので、作品上の考察をさせていただきます。

 たなかさんがおっしゃるところの「自信と自信喪失を繰り返す」という部分。おっしゃるとおりなんです。人間の心は点数で表すことは出来ませんが、敢えて表すとしましょう。点数が高いほど、達成感というか
そんなものが高いと仮定しましょう。

 すると、人間は、最初は0と100の間を往復します。力がついてくると、上限値は200まで行きますが、最小値は0のままです。でも、それを繰り返していくと、気がついたら、下限値も徐々に上がってきて、100とかになるんですね。これがあるレベルをクリアしたとき、何か壁を越えた感じがするのかもしれません。ギンジの場合、多分その下限値が、あるレベルを超えたんじゃないのかな。だから、これ以上無くなる可能性は低いと考えるのが妥当かと考えます。

 
by: nagayume * 2006/12/09 12:24 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

nagayumeさん、ご丁寧なコメントありがとうございました。

>ある日、気がついたら自分がそれだけのことが出来ていたと自覚するというか何というか。
>・・・直線的にのびるんじゃなくて、日頃の積み重ねを重ねた後、ある日突然のびるというか、そんな感じもあるのかな

意識の上では苦闘するばかりで少しも前進・進歩が感ぜられない。しかしその裏側の無意識の世界では育っているものがあってある日それが突然意識化される、ということですね。
雄太も同様の過程をたどったと思います。
記憶喪失していた間の雄太の無意識界ではなにかが、おそらくは意識下の自己が、成長していたのでしょう。そして記憶を回復して過去の忌まわしい記憶と向き合った時にそれを受容できる自己に成長していたのでしょう。我々も蟻の歩みの如くに遅々とした自分の進歩に落胆することなく歩ませていただきましょう。

>どうしても分からないのが、これがなぜ「苦し紛れの決着」なんでしょうか?

進化的に歩む者の到着点が不明なままの決着だからです。人類史を人間一人一人の歴程に同一化できませんが、人類史は進歩の歴史であるとともに犯罪史と堕落の歴史であり、最後には人類滅亡が待っているのでしょう。個人の歴史も成長の歴史が停滞と下降の時期を経て死に至る、という面から見れば悲観的にならざるを得ません。

>、「もっと理想的なものがないのか?」と思われているのでし
ょう。それが何なのかを知りたく存じます。


愚老も知りたく思います。問題はたいへん哲学的、宗教的でさえあり、愚老はその任に耐えません。

自信と自信喪失のレベルを点数で表し、自信喪失状態のレベルを上げていく、という評価は面白く、実際におおいに参考になると思いました。例えば、繰り返し同じような失敗をした時にも前よりは少し進歩したかな、と慰めることも出来そうです。教育の現場などで生徒をはげます方法としてどうでしょうか。
by: たなか・さとひろ * 2006/12/09 17:10 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

そらさん、ここのグロブというのか、ウエブというのか、のお世話いただきありがとうございます。

>キーワードは「自信」
そうだね。自信、自尊、自分に対する肯定感。そして周りの人を受け入れられる気持ち。

そらさんが「自信」という言葉で代表した主体性に「周りの人を受け入れられる気持ち」を付加したことは大切と思いました。
競争主義が支配する現代社会で生きるためには「自信」は必要不可欠です。しかし、これだけだと社会は弱肉強食の社会となり、個人一人については他者への愛を失った唯我独尊の人格になってしまいます。その歯止めとして「周りの人を受け入れられる気持ち」で表現される配慮は不可欠です。
特に最近は競争主義が激化され、最も身近な家族同士の間でさえ愛が失われていく状況です。親も学校の成績競争に巻き込まれて競争主義の弊害に対して子供たちを守ることを放棄し、競争主義と一体化して子供たちを人格荒廃へと押しやっています。

そらさん、新聞紙上でもノロウイールスの伝染流行が警告されているので当分、人が混んで伝染の危険性があるファミレスでの牡蠣鍋は止め、自宅での庶民的なおでんにします。ご警告ありがとうございました。

by: たなか・さとひろ * 2006/12/10 09:03 * URL [ *編集] * page top↑
  ◆◆

たなか・さとひろさん、nagayumeさん、こんにちはっ♪
おっと、相変わらず難しいぞっと(*^_^*)
私は、抽象的な話をしていると、自分が何を言ってるのか分からなくなったりするので、お話には加われないけど('◇')ゞ
お2人とも、存分にお話しくださいね♪

で、なんかすごく外してると思いつつ。。。
私は、自分の体験として、
灰色に見えていた世の中が、ある時突然光あふれる世の中に見えてくる、ということがありました。
そのとき何が自分に起こったのか、言葉で言い表すことが難しくて、何とももどかしいのですが、
「世界が始まった」とすら、そのとき私は思ったのね。
なんか、雄太の「全能感」というものと、とても似てるように感じるのです。

だから、それをもとにして、ついつい雄太を見てしまうのだけど、
それは、
さまざま起こる出来事で失うようなものではなくて、
小さな日常の達成感の積み重ねで得られるものではなくて、
もっともっと根っこの部分のもののような気がするのです。

性格がガラッと変わるわけでもなく、思考回路が変わるわけでもない。だけど、何かが確実に変わっている。
…これ、何て言えばいいんだろうね。
雄太がこの先、もっとピッタリとくる言葉を見つけ出してくれるといいなぁと思っています。
(なのにさぁ、最近、たるくないかい?^^;)
by: そら * 2006/12/10 15:26 * URL [ *編集] * page top↑
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